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この胸が震えたら、いつだって君に会える。
例えば、観覧車から夜景を見下ろした時。
いくつもの淡い光が人々の幸せを照らす瞬間を、君は優しい瞳で眺める。
壁一面の、アクションペインティングの絵画を見つめる時。
迫力のある絵の具の動きを通して、作者のほとばしる思いを、俺達は密やかに想像する。
美味しい博多ラーメンを食べた時。
真夜中に一人でホラー映画を観た時。
森の中で深く空気を吸った時。
好きなアーティストの新曲を、ライブ会場で初めて聴いた時。
いつだって彼女は俺の前に現れて、微笑みかけてくれるんだ。
だから俺は、これからも生きていける。
────「清葉が交通事故で亡くなった」
彼女の母にそう告げられた時、一度俺の心は死んだ。
全ては荒んだ風に吹き飛ばされ、自分の生きる上での芯のようなものが一つ残らずなぎ倒され、何もかもを根こそぎ砕き奪い去った。
哀しいという感情さえ、受け入れるのに随分時間がかかった。
清葉は、高校生の時に生まれて初めてできた恋人。
二年連続で同じクラスになり、よく話すようになって、俺から告白した。
明るくて人懐こい、世話焼きだった彼女は人気者で、玉砕覚悟の勇気のいる告白だった。
だからOKをもらえた時、この人を、この恋を一生守り抜こうと心に誓ったんだ。
交際して一年、全ての初体験は彼女とだった。
喧嘩もたくさんした。だけどその度に、彼女の有り難みを思い知って。
思い出は増え、絆はどんどん深くなって、そんな日々はずっと続いていくものだと信じて疑わなかった。
「清葉、第一志望受かったよ」
誰よりも一番に彼女に伝えたかった。
自分の学力よりも遥かに高望みした、難関の大学。
死に物狂いで勉強して、やっとのことで掴み取った合格だ。
もちろん全ては彼女との将来の為だった。
少しでも優秀な人間になって、待遇の良い会社に就職して、清葉にプロポーズしたい。
それが俺の、人生最大の夢だったのに。
彼女は同じく第一志望に合格したことを知らされないまま、桜の蕾が開く前に帰らぬ人となった。
「清葉……」
喪失感が癒えないまま、大学になんて行く気にもなれなかった俺の心が再び震えたのは、彼女のメッセージを読んだ時だ。
『秀貴、いつもありがとう。大好きだよ』
アンディ・ウォーホルの、花の絵がプリントされたポストカードだった。
おばさんが、清葉の部屋で見つけたと、俺に手渡してくれた。
それを読んだ時俺は、哀しみややるせなさよりも、深い心の震えを感じた。
それは、初めて彼女への恋心を自覚した時と同じ感触だった。
彼女は確かに、俺を愛し、俺の為に言葉を綴ったんだ。
彼女はその日生きていた。
今も俺の記憶の中で瑞瑞しく活動し、生き続けている。
それが何よりも、どんな現実よりも俺を奮い立たせた。
「恥ずかしいからそんなにずっと見ないで」
………………?
この胸が震えた瞬間、神様は最高の悪戯というプレゼントを与えた。
目の前に、最後に会った時と同じ彼女が立っている。
制服を着て、長い黒髪を靡かせ、いじらしく頬を赤らめ俺を見つめていた。
「清葉!?」
俺はまだ状況が理解できずに、自室で声を上げた。
何故、俺の部屋に清葉がいるんだ。
彼女は二ヶ月前に死んだはずじゃ。
「ちょっと、大きな声出さないで。お母さん来ちゃうよ」
「な、なんで。お前、大丈夫なのか?」
みるみるうちに涙が込み上げる。
死んだなんて、きっと俺の妄想だったんだ。
全ては悪い夢だった。
嬉しくて嬉しくて、俺は彼女を抱き締める。
抱き締めたけど。
「ごめん、それは無理」
いくら彼女に触れようとしても、手がすり抜けるばかりだ。
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