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2-9
カチャ……。
車に乗り込んだ後、ゆっくりと発進された。さっきまで歩いていた街並みに出た後、振り返るように景色が通り過ぎていく。流れているのはベテルギウスの、バラード楽曲だ。ハスキーボイスが落ち着く。
ホットココアを飲みながら外を眺めた。まだ11月なのに、クリスマスムードが漂っている。イルミネーションを準備している人がいる。街路樹との間の柵に取り付けているようだ。店先にもクリスマスツリーが置かれるだろう。
「黒崎さん。去年は風邪を引いて寝込んでたね」
「……そうだったか?」
「そうだよ~。悠人と早瀬さんが来てくれたんだ。ナツツバキの飾りつけを手伝ってくれた。……写真見る?」
「あるのか。見せてくれ」
さっそくスマホの画像検索をした。12月24日の日付だ。悠人と2人で並んで写っている。信号待ちのタイミングで渡すと、プッと吹き出した。
「なんだよ?おかしくないだろ?」
「……変わった。二人ともがだ。髪の長さと顔つきだ。しっかりしてきた」
「伸びたもんねえ。セットが必要だし」
ステージに立つ時のヘアスタイルのために、髪の毛を伸ばしている。照明効果を利用して華やかにする目的と、観客席から自分が見えづらいからだ。やることが一気に増えた。どれも楽しい。
(……あれ?さっきはやりたくないって思ったのに。ポジティブになってきた?……んん?)
自分の頭の中が理解できない。疲れているのに眠くない。かといってダルい。それを口にすると、黒崎が軽く頷いた。
「疲れているはずだ。やっと気が抜けたんだろう。どの業種でも大差がないはずだ。短期間か長期間かの違いだ。瞬発力勝負なら、余計に筋肉痛が重くなる」
「そういうのを知らなかったよ。あんたと働きたい、さっきの話に入りたい、メニュー開発に参加したい。シャルロットキッチンのオープニングにも……って」
「現実逃避だとは思わない。プレッシャーになっているんだろう。ステージが最高のものになった。次回のハードルが高くなった。考えるだけでもプレッシャーだ」
ストンと腑に落ちた。黙っていないで相談しないといけないと思った。そうしないと伝わらない。コミュニケーションが苦手な自分にとってのハードルだ。少しずつでもクリアしていこう。
信号が青に変わった。発進した後は、静かな車内には沈黙が生まれた。重苦しさは感じず、お互いに話さなくても平気だ。自然と会話がスタートするからだ。
「テンポのいい曲に変えよう」
「りょーかい。月夜のレンジャーの主題歌にするよ。佐久弥のソロのやつ」
スピーカーから、ド派手なギターフレーズが流れてきた。冒頭の部分だけだ。あとはアップテンポに馴染みやすい構成だ。
「……月にウサギは~住んでいませんー、裏側はクレーター……」
「……夢のない歌詞だな?」
「ここからだよー、るるるーー」
鼻歌で参加した。ここからが好きな部分だ。
「……見てもいないのにーー言うな~、かぐや姫は~お友達~、YeahYeah!……Ranger of theー月夜のレンジャーー……」
ラストはヘヴィメタル調でしめる。軽くヘドバンをしながらノッていると、笑い声が聞こえてきた。高校生の時から変わらない部分だからだ。初めて車の中でやった時は驚かれた。ギャップがあるし、楽器を弾かないのにリズムが合っているからだと言っていた。その時は嬉しかったのを覚えている。
「佐伯さんは歌が上手いな」
「そうだよね。ハスキーでカッコイイよ。これを聴いているファンって、ディアドロップの佐久弥も好きだと思うんだ」
「佐伯さんは視野が狭くなっていたそうだ。俺も同じだ。迷いが出る時がある。さっきそう思っただろう?」
「えーっと……」
「どうした?」
「あんたは楽しそうじゃなかったんだ。最近……」
「そういう時もある。ダラダラしておけ。今はそれが必要だ」
今度はマジカル少女ミカリンの曲を流すと、お前にピッタリだと笑われてしまった。すると、車が見慣れた坂を進み始めた。まもなく我が家に到着する。
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