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この映像を観ただけで、あのステージのことを細かく思い出すことができた。観客からの声援が聞こえるなか、安堵が入り交ざったステージ裏の光景だ。みんなが汗を流しつつ、涙ぐんでいる人もいる。急ピッチで進められた計画が進む間には、精神的に追い詰められた人もいた。
「いいシーン出てくるぞ」
「ちょっと待って。別のチャンネルに変えてよーー」
テロップに”家族愛”と表示された。背中に冷たい汗が流れた。ザワザワとした会場内に、あのアナウンスが流れ始めた。悠人と頷き合っている自分がいる。この映像を観ながら、布川さんと佐久弥が笑顔で話している。
「『……お呼び出し申し上げます、なつき君のお母さま、……ステージサイドにお越しください……なつき君がお待ちです……お近くの方は……お願いします……繰り返します……』」
「『……ここでお母さんがいらっしゃると』」
「『……20歳とはいえ、親から見ると子供ですからね。この年で分かったことです』」
「『……なつき!』」
母親が登場した。黒崎に抱きついたはずなのに、なぜかカットされている。布川さんがハンカチで目元を拭っている。佐久弥もしんみりした顔になっている。
「『……お兄さまの登場です』」
「『……いいなあ』」
さらに”兄弟愛”というテロップに切り替わり、兄の伊吹の姿が映し出された。インタビュー映像だ。俺とよく似た顔立ちの青年が、はきはきとした口調で喋っている。図々しくも、自分が経営している会社の名前を出している。
「『……夏樹はっ。俺の後ばかり付いてくる子で……。うひゃひゃひゃー』」
「『……いくぞ!兄弟!に込められた思いですね~』」
「『……夏樹はっ。小さい頃から身体が弱くて。佐久弥さん、悠人君、サポートメンバーさん……。兄としては、うっうっ。……何卒よろしくお願い申し上げます』」
「『……お兄さまは音楽関係の方では……』」
「『……株式会社ブロッコリーの代表を務めております。電子書籍コンテンツ、販売などを……』」
伊吹はこう言っていた。自分がインタビューを受けた映像が、デビュー翌日の朝の情報番組で取り上げられたそうだ。おかげで取引先との話題が出来て、いい結果になったそうだ。その逞しさと図々しさには感動した。コネだろうが何だろうが使うという姿勢だ。
こういう映像をテレビで流すのは、プロモーション展開のひとつだ。現在活躍しているミュージシャンが、新人とバンドを組んだ。そして、その新人が成長していく姿を出していく。
佐久弥のイメチェンは成功したから、俺と悠人に注目が集まった。佐久弥からは、お前たちを見てもらいたいと言われている。この番組でも推してくれている。
「『……悠人君の悲鳴は、ひいいいっ、ですか。ふむふむ』」
「『……ブルースの影響を受けていて、外見に似合わないシブい音を出すんですよ。夏樹といいコンビです。呼んでやってください、この番組に……』」
「『……もちろんです!おーーい、事務所に電話してくださーい』」
マジで電話をするのだろうか?この番組に出たいと思っている。布川さんに憧れているからだ。
「そろそろ。朝ごはんにしようか。トーストにバターを塗ってよ」
「……さっきの司会者が、アマトリチャーナ布川さんか?」
「そうだよ。よく知ってるね。楽曲しか聞いてないのに……」
「佐久弥から聞いたことがあった。愛嬌がある人だと」
「そうだと思う。ニコニコ笑ってくれるんだ。あの番組に出られるといいな。……あれ?パンがない。買ってくるのを忘れていたよーー」
カウンターの上には食パンがなかった。昨日の朝の分で終わったのか。ストックがあると油断していた。さて、どうしようか。近所のパン屋に買いに行こう。早くから開いている店だ。するとその時だ。インターフォンが鳴った。
……リーーン、リーーン。
佳代子さんが訪ねてくれた。さっき買ってきたばかりの、田中屋のカボチャ食パンの差し入れを持って。なんてタイミングがいいのだろう。まだ温かい食パンを受け取り、ホクホクした気分でキッチンに戻り、朝ごはんをスタートさせた。
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