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デビュー後の忙しさがひと段落ついた後、黒崎の変化に気づいた。このままだとすれ違いそうだ。そうならないように努力していたつもりだったのに。この人は究極の寂しがり屋だ。このしんみりした空気を変えよう。
「黒崎さん。なんだか変わったね。宝くじでも当たったの?」
「買っていない。お前こそどうした?あからさまに俺のことを褒めるなんて」
「ええ?いつも褒めているじゃん~」
「調子に乗るから褒めるな」
「ええ?」
「雑貨屋に行きたくないのか?20秒以内に追いついてこい」
「わわ……。ちょっと待ってよ~!」
黒崎がスタスタと歩いて行った。早足だから、普通に歩くと追いつけない。マジで置いて行かれたことがある。本気で走るのは禁止だ。こうするしかない。助走をつけてダイブした。
「黒崎さーん」
「こら……」
「え?わあああーーっ」
振り返った身体へ着地できなかった。目標から逸れて、そばの植え込みにダイブしてしまった。目の前に迫っているのは緑色だ。受け身は取れないから、少々の痛みを覚悟して目を閉じた。
「……うっ。……んん?」
追ってくるはずの枝葉の感触がない。黒崎の着ているコートの匂いがする。おそるおそる目を開くと、胸の前には深い色の生地があった。抱き留めてもらったのか。とっさに反応できなかった。背中には汗が流れている。
「すまない。俺のせいだ」
「ううん……」
「大丈夫か?起こしてやる……」
支えられて立ち上ることができた。ありがとう、そう言おうとすると顔を覗き込まれた。前髪に着いた葉っぱを払いのけられて、頬にチリッとした痛みが起こった。そのあたりを触れられている。
「枝で切ったのか。間に合わなかった」
「謝らないでよー。俺がダイブしたのが悪いんだし」
ハンカチで顔をサッと拭いてくれた。目元にも当てられている。泣いていないはずなのに。頬を包み込むようにして見つめられた。優しい目をしているから胸が痛くなった。
「置いて行くわけがないだろう」
「置いて行ったことあるじゃん……」
植え込みの石段へと促された。腰かけると黒崎がしゃがみ込んだ。同じ目線の高さになって顔を覗き込んでいる。まるで高校生の頃のようだ。懐かしい。
「お前のことをか?いつだ?」
「いつかは覚えてないよ。スーパーの中で置いて行かれたよ……」
「置いて行くうちに入らないだろうが。今から帰ろう」
「大丈夫だよ、これぐらい……」
「傷をつけさせたくない。左側ばかりだ。今回は俺が悪かった。頼むから帰ろう。また連れて来てやる」
「角を曲がったとこの雑貨屋に寄ってよ。目と鼻の先だし」
「あのなあ……」
「すぐに終わらすから。パパッと下見だけ!お願い」
「日本の伝統行事オブジェが見たいのか?」
「うんっ。浅草セットがあるんだよ」
俺が行きたいのは生活雑貨店だ。日本的なものが揃っているらしい。ラインナップが豊富だと、大学の友達から教えてもらったばかりだ。今日なら寄れるから逃したくない。
「分かった。行こう」
「うん。ありがとう!ええー?」
「置いていかない証拠だ。すまなかった」
腕を引いてもらって立ち上がり、そのまま肩を抱かれたからビックリした。なんだか恥ずかしい。鼓動まで高鳴った。こんなに甘い雰囲気は久しぶりだ。もう無いかと思っていたのに。
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