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 雑貨店に到着した。けっこう混雑していると思ったけれど、店内が広いからゆっくり選べている。そして、少し後悔した。女性客が多いことを忘れていた。こういうお店に来ることが一年ぶりだ。雑誌から抜け出したかのような人が店内を歩けば、まわりの視線をかっさらう。  俺はやきもちを妬いている。ただ黒崎のことを見ているだけだし、褒めてもらえているのに。今日のコートが似合い過ぎている。淡い生地を使ったものだから、最近の穏やさが出ている。大学生ぐらいの女の子からは怖がって目を逸らされていたのに、今回はキャーッと言ってもらえた。それは嬉しい。 (嬉しいの?俺の成長?分からなくなってきたよ~、うっうっ。思い切り妬けたら楽なのにな~)  赤茶のレンガ造り壁の前に立った。これで黒崎の後ろ姿しか見えないはずだ。満足していると、真ん中あたりに戻ろうとしたから腕を引っ張って止めた。 「こっちに面白いものがあるよー」 「何もないぞ?」 「壁があるよ」 「よく分かった。素敵なレンガだ」  また何かあったのか。そう言って肩を抱かれて、真ん中に連れ戻された。面白くないから端の方に連れて行くと、理由を聞かれて、正直に答えた。 「隠れると見たくなる心理だ。見放題にすればどうでもよくなる。お前の方こそ見られていただろう……」 「ああ、あの男の人のことだね。あんたがコンビニの外で待つからだよ。一緒に入ったら問題ないのに」 「声をかけられたのを見たぞ。この間も似たようなことがあっただろう?」 「うん。あれは笑い話だよ~」  打ち合わせが済んだ後で送迎車で帰っていた時だ。悠人がコンビニに寄りたいと言うから、一緒に車から降りた。大好きな浅草だった。俺も店頭を見ていたら、海外観光ツアー客から声をかけられて、停まっているバスに促されたことがあった。浅草&大阪ミックスカジュアルをしていたから、自分達と同じ観光客だと間違えたのが理由だった。  最近は顔立ちが変わってきた。男っぽくなった代わりに、日本的な感じがなくなってきた。パッと見て印象に残るよと、仙頭さんが言っていた。ラッキーだと思っている。 「仕事で目立つのはラッキーだよ。マジで言っているんだ。商売繁盛で結構なことだよ。普段は恥ずかしいし、何を話そうか困るけどさ」 「お前たちが活躍することは良いことだ。それを意識し始めた。俺は寂しい」 「スタッフさんだって、抱えているミュージシャンが活躍すると嬉しいよ。みんながゲン担ぎしているんだ。足の裏を拭いた後でスタジオに行くとか、IKUから出かける前にそれをするとかさ」 「それに気づいたのが偉いぞ。……こっちに来い」 「えー?見ているのに」 「気に入りそうなものがある」  奥のコーナーの連れて行かれた。言ったこととは真逆の隠れる感じだから、おかしいなと思った。でも、目の前に広がった光景に納得した。連れて行かれたのが、和風小物のコーナーだったからだ。ひな祭り、月見、七夕などの小さなオブジェが並んでいる。そして、夏祭りのハッピ、ハチマキもある。これは着ることが出来る。どストライクの好みだ。 「日本の伝統行事オブジェだね~。もっと見てもいい?」 「……下見だけだ」 「分かったよ~。これで190円?なんでこんなに安いの?クオリティが高いのに。見てよ。これ」 「丁寧に仕上げられているな。どこで仕入れて来たんだ。国内じゃないだろう」 「興味あるよね~」  黒崎が興味を持ったのが、小さなオブジェだ。木のベンチにウサギが座っている。お団子やお盆もある。セットで飾れば、お月見をしているウサギだ。黒崎は絵を描くのが上手な分、こういう雑貨が好きだ。花の画集もよく見ている分、カラーの良さにも目を引いている。これはチャンスだ。もっと店内に居られる。 「うちのキャンペーンに使いたい」 「おまけ付きのお菓子を販売するの?」 「それもいい。目先を変えたい。シャルロットキッチンの二号店に絡めたい」 「オープンするもんね」 「大きな企業だ。すぐに決められない。身動きが取れない……」  黒崎ホールディングスも大きな企業だったが、黒崎製菓とは規模が違い過ぎる。社長としての決定権が大きかったから、すぐに対応できるスピード感があったそうだ。運動神経がいいという表現だ。社員さんも楽しそうだった。レストランのスタッフもだ。
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