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 黒崎製菓の話を聞いたことがある。営業企画部だけは活気があり、フレンドリーな空気が流れているのだと。他の部署は殺伐とした空気だそうだ。病気療養中の人もいる。退職はしなくても、やめたいと思う人が多いと聞いている。人間関係も仕事でも悩んでいるそうだ。大学で学び始めて、経済や企業のことを調べる機会が増えきて、理解できるようになってきた。   (黒崎ホールディングスは、病気療養中のケースが少なかったもんね。離職者も少なかったし……。黒崎さん、嫌になっている気がする。投げ出さないし、いい方向にするはずだけど。自分でやりたいみたいだ。口にはしなくても分かる。49歳で引退するもんね。もっと早くした方がいい?前みたいな人になったら?そんなのは嫌だ……)  気分をリセットしよう。黒崎が思案している間に目ぼしいものを探した。そして、選んだものを小さなカゴに小物を入れていった。 「これはいいな~」 「少し時間が出来た。選んでおけ」 「んーー?」  カウンターの奥の方から、黒いエプロンをつけた男性がやってきた。ネームプレートには”店長”と出ている。キャンペーン商品のことを話すのだろうか。まるで黒崎社長時代に戻ったかのようだ。すぐに交渉してシェフを引き抜いたり、インテリアに使うレース編みのショップに出向いたりしていた。俺はよく分からないまま付いて行った。黒崎から手を離されなかったからだ。 「……おまたせしました」 「……お忙しいところを。……じつは」 「黒崎製菓さんですか。お世話になっています。R&W社さんの……」 「そうでしたか。うちのキャンペーンで……」 「それでは……」  さっそく仕事の話がスタートした。キャンペーンの話題だ。年に一度、マスコットキャラクターのエプロンとタオルハンカチをセットして、抽選でプレゼントする企画をやっている。けっこう人気があるそうだ。シャルロットが22年前からいるキャラクターだから、昔からのファンがいる。  (25周年とかは?カフェオープンの3周年に絡めて。ささやか過ぎるかな?話に入りたいな。どこで仕入れているのかな?あとで聞こうっと……)  来年7月末には、シャルロットキッチンの2号店がオープンする。大学生層や、スイーツ男子をターゲット層にした店だ。黒崎製菓の商品を使用したデザートを出す。マンネリ、安定化を防ぐように、アイデアと方向性を模索しているという。その中の新規事業だ。その話をしている時の黒崎は生き生きとしている。 (……黒崎さん。新しい事業を立ち上げそうだな。一緒にやりたいな。あれ?)  自分には音楽活動があるのに。どうしてこんなことを思ったのか。あれほどやりたがった仕事なのに。贅沢だ。やりたくないということか?どうしてだろう。  モヤモヤした気分になっていると、黒崎から肩を叩かれた。コートの内ポケットに名刺を入れている。店長さんも同じようにしている。 「営業企画部からご連絡させていただきます」 「よろしくお願いします」  会釈して別れた後、もう少し選んでいいぞと言われた。偉そうな言い方をされたのに優しいと思った。それなのに長居しなくて、黒崎を心配させながら店を出た。
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