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ママに長湯を叱られ、ドライヤーの使用を急かされ、ちゃんとクシを使えといびられる。この人今日、絶対不機嫌だよ。迷惑。
私はママから距離を取るべく、そそくさと洗面所を後にした。
退避した先のリビングで、晩酌をしているパパの隣に座ると、その肴のスモークチーズを一つ拝借した。
うん美味しい。そう感じるのは濃ゆい味付けのみならず、この時間帯という背徳感がスパイスになっているからに違いない。
それを咎めるでもなく、パパは伏し目がちに私の方を向く。
「……なあ紗綾、ママ、機嫌悪くね?」
「悪い。パパ何かしたっしょ」
「全っ然、心当たりないんだよな、お前じゃね?」
「私は被害者。何もしてないし」
責任転嫁が一段落し、二人同時にスモークチーズを口に運んだ。咀嚼音が響くリビング。全く色気のないシチュエーションなのに、賢治郎はもう寝てるかな、なんて考えが頭に浮かんだ。重症だ。
「……ねえ、パパ」
「なんだ、最後の一個はあげないぞ」
「いやチーズの話じゃない。男子について訊きたいんですが」
「ああ……そう。彼氏でも出来たんですか? そいつを殴りつけてもいいですか?」
「ちょっと真面目に聞いてよ」
パパは憮然とした表情をしながら、缶ビールを急角度で呷った。あながち冗談めかした訳ではないのかも知れない。それはそれで怖い。
「ふう……言ってごらん。四十年目の男子が聞いてやるよ」
「どうも。じゃあ訊くけど、男子ってどんな時に女子をからかうの?」
「からかう? ああ、ちょっかい出すってことか。そりゃあお前、かまってほしい時だろう」
「かまってほしい?」
「ああ、絡むきっかけがほしい時だ。少なくとも俺はそうだった」
かまってほしい……。絡むきっかけ……。
だとすれば、一見悪質な賢治郎の紙くずも、ポジティブに捉えていいものなのかも知れない。そこには少なからず好意がありそうだから。
「あ!」
私が心のなかでニヤけていると、隣でパパが大声を上げた。
「どうしたの?」
「俺……そういや、今朝ママのスマホにイタズラしたわ」
「はあ? やっぱパパのせいじゃん」
「いや……悪気はなかったんだよ」
「とりあえず、謝罪してくれば?」
「だな」
重そうに腰を上げたパパの後ろ姿を見ながら、男子は四十年経っても男子なのだなと痛感した。なぜかそこに賢治郎がダブって見え、少し笑えた。
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