手を伸ばさずにはいられなくて

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 何度も何度も消してきた『平岡直人』の4文字を力を込めて消していく。  このまま先生を好きな気持ちも消えていってしまえば良いのに…。 「ほい」  目の前で緑色のシャーペンがゆらゆら揺れる。 「え…」 「名前、書きな。高森亜矢」 「…でも」 「俺の教科で良かったと思えよ?」  さっきまでの神妙な顔は消え、もうすっかりいつもの軽薄な笑顔に戻っている。  手渡されたシャーペンで、跡形も無く消えた平岡直人の上に自分の名前を書いていく。  その解答用紙を先生は無言で自分の手元に滑らせ、丸付けを始めた。  繰り返される同じ音。  ふざけるなって罵って、蔑んで、冷たい目で睨み付けて…そうやっていっその事怖いって思わせてくれたら良かったのに。  嫌いにならせてくれたら良かったのに。 「あ…」  先生の声とチェックを書くペンの音に俯いていた顔を上げると、先生は解答用紙に目を向けたまま「惜しかったなー」と言った。
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