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 確か彼は半月くらい前に有休を取って、友人と海外旅行に行ったとかいう話をしていなかったか。そんな風に「有休を取って旅行に出かける」なんていうのも今時の若者らしい行動と言えたが、私はそういった行動と決断が出来る若さが心底羨ましかった。きっと彼は生きていること自体が楽しく、自分の人生を思う存分満喫しているんだろうなあ……と。それは、余りに鬱屈した毎日を過ごしている自分と比較しての、「やっかみ」に近いものかもしれなかったが。  そんな羨ましさとは裏腹に、海外から戻った後の彼は何か落ち着かないというか、元気がないというか。心ここにあらずといった感じで、周囲にいた者もどうしたことかと少し心配していたほどだ。そしていきなり会社に来なくなってしまったと思ったら、数日後に親族から退社願いが提出された。詳しい病名などはわからないのだが、重い病であることは間違いないらしい。人事部も個人情報に関わることだけに、病状などを深く聞くようなことはしなかったのだろう。  何はともあれ、あまりに突然辞めてしまったその同僚の使っていたデスクを、そのままにしておけるはずもなく。社内でこういう面倒ごとを頼む時は 私にと相場が決まっているらしく、そして私もその依頼を断ることもなく。昼休みを速めに切り上げて、1人ぼっちでデスクの片づけを始めたのだった。その時に、ほんのわずかではあったが「チクリ」という痛みを感じたような気がする。  しかしそれは本当に、例えば冬場に毛羽だったセーターを着て首筋がチクチクするといったような、その程度の軽い痛みだった。もっと言えばその時は「痛み」とも自覚せず、ただ単に「チクっとした」くらいにしか思っていなかった。それから午後の業務が始まり、仕事中になんだか右腕がむず痒くなって、無意識にぽりぽりと掻いていたのだが。あまりに痒みが酷いので、トイレに立った時に確認してみたら、赤い腫れのようなものにようやく気付き。「あ、これは何かに食われたんだな」と気づいたというわけだ。
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