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 年の瀬も押し迫った12月後半の、賑やかで華やかな街中を。  仕事を終えた私はひとり、我が家への道を歩いていた。  商店街にはクリスマスソングが流れ、クリスマスカラーにデコレーションされた通り沿いのショーウィンドウを、カップルが肩を寄せて覗いている。相手に贈るプレゼントなどを、互いに検討しあっているのだろうか。私はその微笑ましい背中を見ているうちに、少し胸が熱くなるような感触を覚え。同時に何か、息苦しさに近い苦い思いをも噛み締めていた。自分にも、あんな頃があったなあ。胸がときめくような、毎日が楽しくて仕方ないような。そんな、今はもう遥か昔に過ぎ去ってしまった、遠い過去の記憶が頭の中に蘇って来る。  そんな複雑な心境を抱えつつ、私は自分の右腕を軽く押さえながら歩き続けた。しばらく前に起きた私の、右腕の「異変」を気にしながら。  それは本当に、最初は蚊に食われたくらいの、ほんの小さな腫れだった。私の右腕の、肘の少し上あたりに、ぽつんと出来た赤い点のようなもの。いつこんな腫れが出来たのか、いったい何に食われたのか、全く覚えがない。強いて言えば、最近会社を辞めてしまった同僚の、デスクの上を整理していた時に。かすかに「チクッ」という痛みを感じたような記憶はあるのだが、その時はほとんど気にすることなく、そのまま業務を続けていた。  その同僚は私よりも10歳以上若く、そして中年の悲哀を背負ったかのような覇気の無さを漂わせている私とは対照的に、元気ハツラツといった頼もしい感じの社員だったのだが。突然無断欠勤をして、それきり会社に来なくなってしまった。詳しい事情はわからないのだが、どうやら重い病にかかってしまったらしい。  あんなに「元気者」っぽかった青年でもそんなことがあるんだなあ、人生ってのはいつ何が起きるのかわからんもんだなあ……と、私は「この世の不条理」みたいなものを感じずにいられなかった。
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