君がいなくて

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「危ないよ」  強く叫んだ時にはもう間に合わない。彼は後輪から横に押されて宙を舞ってアスファルトに叩きつけられた。痛みが瞬時に走っていた。  驚きと痛みが広がるけど、彼はそれどころじゃない悲鳴を聞いていた。  縦走していた彼女は気付いた時には車にオートバイの側面からぶつけられ、転倒した。  しかし、それで終わりではない。かなりのスピードだった車はオートバイごと彼女を踏みつけて百メートル以上離れてやっと停車した。 「けがはないか」  彼がヘルメットを外しながら急いで車のほうに近付くと、六十代ほどの運転手は気が動転しているのか片言で彼に向かう。  怒る立場が逆になっている。二人は青信号を確認して発進している。当然車の運転手のほうの信号は赤だ。完全に非は車のほうにある。  だけど、彼は運転手なんて気にしないで車の反対側に向かった。そこには彼女が車とオートバイの下敷きになっていた。 「痛いっ」  彼の姿が見えたからなのか、彼女は恐怖に震えながら弱くも言葉を話している。それに彼はちょっとホッとした様子。だけど、その時になってやっと車の運転手が青くなっていた。  どうやら運転手はオートバイが二台だったことにも気づいてないらしい。運転席から近かった彼のほうしか目に入ってなかった様子。まさか自分の車にまだ轢かれている人が居たなんて想像にもしてなかった。 「救急車!」  今更事の重大さに恐ろしくなって呆然としている運転手に彼は怒鳴るように叫ぶ。  静かな田舎町の片隅の、更に静かな郊外は騒がしくなった。救急と消防に警察のサイレンが混ざり合う。最悪のメロディを奏でていた。  病院の待合いに彼女の両親が到着する。近くの職員に話を聞いても状況さえも把握できないのがもどかしくて怖い。
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