君がいなくて

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「落ち着いて待ってください。心配なのはわかりますが、貴方の怪我もかなり酷いから!」  隣の診察室のドアが開いて彼が看護師に止められながら姿を現した。 「お義母さん、すいません」 「どういうことなの? あの子はどうなったの?」  彼女の両親が目の前にいて、とっさにあやまった彼に、焦った様子で母親は縋り付いて聞いていた。だけど父親のほうが落ち着いて、母親を彼から離す。良く見ると彼も右足にギプスをして反対も怪我がある。プロテクター付きのジャケットとヘルメットのおかげでその程度の怪我と言えるが、軽くはない。  その様子に母親も一度呼吸を整えていた。すると看護師が彼の診察は終わっているので車いすを用意して彼女のいる緊急治療室の前に移動する。  彼は手を震わせながらも、彼女の両親を眺めて話をすべきと心を整える。 「こんな悪いことになるなんて思いもしなかったのにどうしてこうなるのか解りません」  軽く俯いてから呟くみたいに話し始めるけれどそれはとても怖い夢みたいに思えるくらい嘘みたいなことをそう語っていた。  彼女も基本的には安全装備を整えていたが、それでも怪我は酷いものだった。その理由としては車の運転手が事故の瞬間にパニックに陥り、アクセルを踏み続けたこと。それでも車の前輪は彼女を乗り越え、彼女は車とオートバイに挟まれる格好になっていた。  事故のことを彼から聞いた両親は顔を青くしていた。当然のことだが自分たちの娘の命が危ないと知り先程の慌てはなくなっているけど、心境では今のほうが悪い。 「君の、ご両親には連絡したのかい?」  こんな状況でも彼女の父親は気丈で、彼の心配をしていた。彼の故郷は遠く離れた都会。仕事の都合でこの場所に住んでいる。彼女のことが気になっていた彼はまだ連絡もしてない。 「忘れてました。でも、今は彼女のことが気になるので」  一度彼が自分の親には知らせなくて構わない意図を話したが「馬鹿なことを言うな!」とまるで本当の親のように、彼女の父親に怒られた。 「子供が事故で怪我をしたんだ。無事なら直ぐに知らせてあげなさい!」  もっともなことを言われたので彼はまだ開かない治療室のドアを一度見てから慣れない車いすを進めて電話のできる場所に移動する。  静かな時間が流れている。彼女の両親はお互いに話すこともない。今は話してしまうと弱音を吐いてしまいそうになる。彼がいたなら聞きたいこともあるのだろうけど。  淡々と流れる時間。病院のちょっと古い時計が一秒毎に音を鳴らしているがそれさえものんびりと進んでいるような思い。彼も電話は簡単に自分は無事とだけ伝えて、彼女のことも知っている自分の両親には状況を詳しく話さないで終わらせて直ぐに戻ったが、三人で黙って待つだけのとても暗い時が進む。  ため息も聞こえない張り詰めた雰囲気もあるくらいの空間だったので足音が良く聞こえた。それが治療室のほうからだとわかると三人が視線を向ける。 「ご家族の方でしょうか?」  現れたのは医師で彼のことも含めて彼女の父親は「ハイ」と答えると「説明をしますので」と案内される。  あまり新しくない病院。その小部屋に医師と三人が集まるとちょっと狭苦しいが文句を言う場面でもないし、そんなことは直ぐに忘れられた。 「娘さんの怪我は酷く、足の再生は不可能と判断いたしました」  専門知識がなくても医師の言うことは直ぐにわかる。もちろんわかりやすい言葉だったのはもちろんなのだが、それ以上に表示されたレントゲンを見ると、それが足だといわれても理解ができないくらいのものだったから。 「この際もう足のことは気にしません。命は救かったんですよね?」  複雑な思いはありながらも彼女の父親は聞いた。 「正直言います。まだ危険な状況で最悪の場合の覚悟もお願いします」  辛い宣告を受けてしまう。まだ安堵を得られない。  父親はまだ医師の説明を受けていたが、母親に関しては一言目からもう倒れてしまいそうになって言葉は耳に通りもしなくて、彼は話は聞こえているがその意味が理解できなくなっていた。  彼は数時間前までは幸せの中心にいた筈。それは彼女だって同意だっただろう。だけど、今はその反対側にいる。これほどの急転直下はこれまでに知らないし、普通の人は巡り合わないのかもしれない。  ただ待つだけの時間で、彼は自分が眠っているのか目覚めているのかもわからない時間を過ごす。怪我による痛み止めの作用もあるのだろう。彼女が目の前で笑っている姿を見て慌てたのは一度くらいではない。 「良くないことをあまり悩まない様にしなさい」  怖い顔をしていたのだろうと思いながらも考えると悪いことが浮かんでしまい全く消えないから更に怖くもなると俯いてたときにあった彼女の父親からの優しい言葉。  彼自身もそう思っていたし、意味もわかっていたのだがそれは叶わない。ただ彼女が居なくなるかもしれない恐怖に押しつぶされそうになる。  みんなの心配は三日続いた。とても長い時間。ずっとその間不安しかない。  三つ数えられて看護師に呼ばれた。それだけでは良い報告なのかもわからない。事故から三日彼女の生きる力の限界とすら思い浮かんで深く残っている。
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