君がいなくて

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「今の君の言葉は事故の前みたいな話し方に似てるね」  笑う顔だけど目元に少しどんな話になるのかと疑問を浮かべ不思議になり語る。 「真剣な話をしたいからね。正直、足がなくなって落ち込んでるかと思った」  彼女がふわり言うのはプロポーズとおんなじ始め方だったから。それを彼もわかっていた。そして慎重な面持ちで聞いた。 「もちろんショックだったよ。だけど、もうないんだからしょうがないよ」  その答えには本当に暗い部分はないとしか思えない。 「お義母さんたちはまだ気にしてるんだ」 「だろうね。どうにか元気付けないとなー」  クスクスと笑っている彼女なので本当に明るい。彼はそのいつもの彼女にまた一つ安心していた。 「ならさ。あの報告しない?」  それはプロポーズのこと。  だけど、さっきまで明るかった彼女は、彼から視線を外して表情に影を作る。 「あれさ。一度白紙に戻さない?」  一度深呼吸をした彼女からの言葉に、彼は「どうして?」としか返せなかった。 「あたしさ、足なくなったんだよ。こんなお嫁さんは君もいらないでしょ?」  視線を戻した彼女は笑顔だった。 「それを本当に思って話してるの? 作り笑顔までして」  付き合いはそれなりに長い。嘘なんて直ぐに彼にはわかっていた。 「だって、あたしは障碍者。そんなの、詐欺だよ。怪我くらいで今も足があったなら悩まないけど、不良品だからね。君には選ぶ権利があると思うんだ」  少し涙目の彼女の言葉。やはり彼の思った通りだった。  彼は椅子から立ち上がると両手を挙げて伸びをしてから彼女のほうに近づく。そして彼女の両手を掴んで顔を近づけた。  コツンとおでこがぶつかる。 「足がなくなったからって君は、君なんだ。僕の好きな人は君しかいない。もう一度言わせて。結婚してくださいって」  彼女の視界には、文字通り彼しかいない。それほどの近さが愛情にも思えて心が躍り「嬉しい」と返して軽く彼にキスをした。もう嘘は付かないと。 「参ったな。惚れ直しちゃったよ。これから面倒をかけるけどヨロシク」 「ホントーだ。二度もプロポーズさせるなんて」  直ぐに笑いが二人を包み込む。 「でも、本当に足がないのは自分は覚悟したけど、君がどう思ってるか心配だったんだもん」  頬を膨らませての返答。彼はその笑顔の光る顔の鼻をつまんで「足くらいで良かったんだよ」と笑顔を一度やめて切なそうに語る。  疑問で眉をへの字にして「どうしてさ?」と鼻声で彼女が聞くので、彼は手を放す。 「足がなくなったくらいで命が救かって良かったんだよ。君が生きてるなら足の二、三本なくったって構わない」 「宇宙人じゃないから三本はなくならないけどね」  彼女からは笑顔が消えない。彼の心がわかったから。  また彼は伸びをして「なんかやっと安心できた」と話す。その理由には事故からロクに眠れてなかったから。今日は安心できるだろう。 「怖かったけど、生きております。どう? あたしが生きてるの、嬉しい?」  普段はそんなにロマンチックことを彼は言わない。それは「好き」と言わせるだけで苦労するくらい。だから彼女は今度も返事を胡麻化されるだろうと思っていた。  けれど、彼はニコッと笑うと「嬉しいよ。とっても」と言うので彼女のほうが照れて赤くなる。 「俺が、だけじゃなくお義母さんたちもどれだけ怖かったのか君は知らないから」 「怖いのはあたしのほうだよ!」  一度顔の赤さを手で覆った彼女は、キッと睨めつけるように彼を見る。  それはあの事故の瞬間のこと。彼女は車とぶつかり、オートバイと一緒に自分の足がくしゃりとお菓子が割れたみたいな気味の悪い音をたてながら踏まれたのを自分の瞳で目撃している。更にそれからガリガリとオートバイは足を削りながら踏みつぶして巻き込み反転すると、ひっくり返った彼女の目の前には回転し続ける車輪があった。  まるで怪談話のように彼に話しているが、その彼は平然としている。その表情を見て「どうなの?」と憤慨してる雰囲気を残して聞いた。 「それも怖かったんだろうね。だけど、俺たちは君の眠ってる三日。どうすることもできなくてただ君が居なくなるかもしれない恐怖に震えてたんだ」 「確かに時間だけならあたしの負けだよ」  ストンと彼女は頷いた。でも「勝ち負けじゃないけどね」と彼が言うと「ホント怖いよ。今でも震えあがる」って彼女は反論を続ける印象すらある。 「でも、良かった。君が生きていて。嬉しい。俺は嬉しいよ。君が生きてることが、嬉しいんだ!」  これまで見たこともない彼が素直に喜んで抱き締める。そんな彼女はちょっと呆気にとられながらも自分も喜んでいた。  嬉しいのかもわからない涙が落ちて彼女は「生きられて、良かったな」と呟く。  やっと空元気じゃない本来の明るさが戻って病室が彼女の声でにぎやかになる。すると両親が安心して戻った。 「では! 御報告します」  嬉しそうな彼女が一度「コホン」と嘘くさい咳払いをすると語られた。 「どうしたの? おかしなことを言いださないでよ。もちろん嬉しい話題ならウェルカムだけから受けるよ」  もう彼女と母親の明るいテンションが広がって暗さなんて無い。彼はそんな二人、特に彼女を眺めて観念する。心を保たないと負けてる。 「言うのか」  今になり少し顔が引き攣りながら返すけど今は取り合えず笑いを戻してから軽く頷いてた。  おわり
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