君がいなくて

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 交通事故と言うのはとても恐ろしい。一瞬で全てをなくしてしまうことだってあっていつ自分の身に降りかかるのかもわからない。実はみんながそんな世界にいることは気づかないで生活を続けている。  どこにだってあるような普通の田舎町。有名なのは農作物と海鮮くらい。海と山に挟まれた狭い土地で人々は暮らしている。  街の高台にある道路から直ぐの展望台に一組の男女がいる。彼らは恋人同士。こんな時に話されることはロマンチックに違いない。 「君に伝えておきたいことがあるから聞いてよね」  ちょっと強張っているような面持ちで彼のほうが語る。 「はいよ。ちゃんと聞いてるから話してみな」  対する彼女のほうは今の雰囲気くらいは察しているがあえて普段の様子を残していた。 「俺と結婚してほしいんだ」 「うん。わかった」  とても難しい言語で話している見たいに彼のほうは言うのだが、彼女はすんなりと普段通りに答えた。 「えっと、プロポーズのつもりなんだけど」  当然彼のほうは呆気に取られている。 「わかってるよ。だから、はいって答えた」  まだ彼女はにこやかに笑っている。こんなに飄々としているのが、おかしいんだけどこんな人なんだと彼もクスッと笑う。  この場所に新たに夫婦になる約束をした二人が居る。彼らの未来はきっと素晴らしいことが待っているんだろう。  二人は笑い合ってから「じゃあ、お義母さんたちに報告だ」と彼がもう親しくなっている彼女の父母に挨拶しようとその場を離れようとした。 「ちょっと待って」  しかし、彼女は呼び止めると、彼の背中におぶさるように抱き着いて「ありがと、嬉しかったよ」と本当は彼女も緊張していたことを白状した。  これでもうひと笑い。和やかな雰囲気しかなくなる。  二人の趣味はオートバイ。今日もちょっとしたツーリングで夕景の綺麗なこの場所に訪れていた。もちろん彼の計画ではあるのだが。  そして二人で別々のオートバイで彼女の家を目指す。展望台からはそんなに離れてない。彼は自分たちの住んでる町を眺めながらさっきの言葉を伝えたかったんだ。  なので慣れている道を安全運転で進む。 「お義母さんたちはどんなリアクションだろうな」  ヘルメットに付いているインカムでお喋りをしながら走れるのは便利な時代だ。 「別に普通じゃない。もうわかってることだから」 「君だってそうだけど、そんな印象だとつまらない。ちょっとは驚いてくれると思ったのに」 「十分驚きましたよ」  こんな時でも微笑ましい会話が続いている。二人はとても良く話す。それが楽しいんだ。  もう古くからの知り合いだった。だけど長い間会わなくて付き合い始めたのは半年前。それから愛を紡いでいた。 「幸せになろうね」  ずっと普段通りな彼女からのちょっと甘えた言葉があって、彼としては飛び上がって喜びたいくらい。  それでも目の前の信号が青になってオートバイを発進させる。  もう彼女の家も近いので通りなれた道。安全には配慮していた。それでも悪夢は忍び足で近づく。  気が付いたのは彼のほうだった。自分のほうを目掛けて交差点の右側から一台の乗用車が近づく。車通りが少なくのも理由に、その車はかなりスピードでブレーキの気配も全く無い。
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