2.絶景の城

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「そうだ。今度、その人を保田の家に招待してみようよ」 「もうお断りしたから……」  まるで意気地なしの弟を励ますように、あたしは目に力を入れた。 「ねえ、秀ちゃん――」  あたしに気圧されながら、秀星は必死に踏ん張ろうとする。 「今こそ、気合を入れる場面だよ」 「だって……」 「やっぱり会いたくなったって、ちょっと謝れば済むじゃない」 「あの……理香子さん!」 「なによ」 「ぼくのこと、イジってます?」 「まさか。心配しているのよ」 「もう、いいんです……」  秀星はしゅんとなり、床を靴下で拭くように広間を出て行った。  十年前、秀星のアソコが立派な働きをしていれば、お互い、違った人生になったのかもしれない、と考えることもある。あたしは権力と金を振りかざす肉食系の男が好きだが、秀星のような情けない男が嫌いなわけでもない。普段は可愛らしい兎ちゃんなのに、ベッドの上では狂暴な虎に変身するような男であれば……の話だが。残念ながら、秀星はベッドの上では兎どころか酸欠の亀だったから、選択肢から抹消されたのだった。  気がつけば、竜星は麗華の正面に胡坐をかいて笑っている。麗華は眉に皺をよせ、何かを訴えているようだ。どうせ、トントンと子供が走る音だの夜中のトイレだのが怖いと泣き言を言っているに違いない。  け、ざまあみろ――。  東京での一人暮らしでそうなったのか、髪をアッシュブラウンに染めた麻衣はすっかり大人びていた。ダイニングの椅子に座り、頬杖をついて足を組む姿を見て、バージン卒業したな、と思った。  やがて曹洞宗の菩提寺から住職がやってきた。墓が裏山なので、何かのときにはいつも出張してもらう。六十過ぎの気のよさそうなお坊様で、今日も三十過ぎの息子を伴っていた。  親戚一同、約三十人も揃い、仏壇の前に整列する。竜星をはじめ年配者は座椅子に座り、座布団に座る者は足を崩してよいと許可が出る。  数珠を鳴らしながら何やら呪文のようなお経から始まり、般若心経、さらには何というか知らないお経へと続く。小一時間ほどのお勤めが終わった頃には、足はジンジンと痺れていた。台湾人の麗華にはさぞ堪えるだろうと期待したが、何食わぬ顔で立ち上がった。 (ん? やるなあ……)  侮りがたし、である。  竜星は一泊して翌日の送り日も参加したがったが、無理やり引っ張って保田に帰った。  そうして、相変わらず素晴らしい夕景を見ながら風呂に入る。  この絶景の城を奪われてなるものか――。  その夜は、麗華の残像を削り取るように、たっぷりと奉仕してあげたが、疲れた竜星はすぐに寝落ちした。  麗華の夢を見ているだろうか?  寝顔が笑った。 (3.消えた惨劇、につづく)
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