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3.消えた惨劇
十二月二十四日、クリスマス・イヴ――。
冬になって一段と鮮やかになった富士山の夕景を楽しみ、上等なナパ・ワインとローストビーフでイヴのディナーを始めたとき、スマホのアラームが鳴った。
「邪魔くさいな、電源切っちゃいなさい」
竜星に言われてそうしようとしたが、通知のポップアップを見て手が止まる。白馬の権田荘に誰かが侵入しアラームが鳴ったのだ。
「どうした?」
あたしの表情を見て竜星が心配する。
「誰かが権田荘に入ったみたい」
「空き巣か?」
「わからない。確認するね」
あたしはノートパソコンを立ち上げ、管理者権限でセキュリティ・システムを起動した。
「カードキーを使って開錠している」
カードキーは我が家に二枚、八街の優星宅に三枚。海浜幕張のマンションに住む秀星が一枚持っている。
あたしは画像を映した。
「これは!」
竜星が絶句する。
あたしも驚いた。
ダウンジャケット着た麻衣が若い男と楽しそうに腕を組み、マホガニーの階段を二階へ上がっていく。友人だろう。他にもう一組、カップルがいる。
ジープを選んだのは、クリスマスに雪の白馬へ来るのが最初から目的だったのかもしれない――。
さすが、竜星の孫だ。そう思うと、おかしみがこみ上げてきた。
「こりゃあ、優星のやつ、頭に血が上っているだろうな。クリスマスには麻衣のためにサプライズを用意してあるって張り切っていた」
優星は麻衣を溺愛している。二年ぶりに帰国し、同居するようになった娘、そして、新たに家族となった新妻と過ごすべきクリスマス・イヴに、娘が男と一緒に別荘へ出かけたと知れば、どれほど逆上するかしれない。
「優星さん、ご存知なのかな?」
「この時間だ。少なくともホーム・パーティーがすっぽかされたと気づいているだろう」
「連絡します?」
「そうだな。今さらどうしようもないのだから、麗華さんと二人でしっぽりやれ、とでも慰めてやろう」
「スピーカーホンでかけて」
竜星は優星のスマホに電話をしたが、電源が切られていた。八街に電話をかけ直すと、麗華が応答した。
「あ、お義父さん……」
その声は沈んでいる。
「優星はいるかね?」
「それが……麻衣ちゃんを追いかけて白馬に向かっています」
「なんだって!」
午後、「ちょっと出かけてくる」と言い残してジープで外出した麻衣が、夕方になっても戻らず、優星がかけた電話もつながらなかった。
「そうこうしているうちに、権田荘のカードキーが一枚無くなっているのに気がついたのです」
電話を切った竜星は狂ったように震え始めたという。
「子供のころ、優星の母親が犬に噛まれたことがある。逆上した優星は、スコップでその犬を叩き殺した……」
ときおり感じる目の冷たさは、内面に潜む残虐性の現れだったのか。
「あいつは、逆上すると何をしでかすかわからない」
竜星が、優星を次期社長に指名することを躊躇っていた理由は、そこにあったようだ。
「もし、あいつが……」
溺愛する麻衣が男と交わる場面に遭遇したら、逆上して何をするかしれない。竜星の表情から、それが思い過ごしではないのだとあたしは察した。麻衣たちに連絡し、優勢との遭遇を避けるのが先決だ。画像監視だけではなく、双方向で会話ができる新型にアップグレードしておかなかったことを、あたしは後悔した。
「一緒に行った友達がわかれば、そっちに電話が通じるかもしれない」
あたしの言葉を受けて、竜星は麗華のスマートホンに電話をした。スピーカーホンにしてあたしも会話に参加する。
「仲のいい友達に心当たりはないか?」
「ごめんなさい、そういう話は一切しないので……」
あたしは竜星のスマホを奪った。
「麗華さん、理香子です。清美さんを呼んで、麻衣さんの部屋に友達の電話番号が残っていないか探してもらって」
「それが……」
「清美さん、いないのですか?」
「はい。今日は、息子さんとクリスマス・ディナーに出かけました」
なんということか!
昨年まで、クリスマス・イヴは息子の正孝も八街の家に呼び、竜星とあたしと四人で過ごしていた。
「ならば、麗華さんが探してみてください」
麗華がスマホを持ったまま移動しているのが伝わってくる。
麻衣の部屋に入ったらしく、ガサゴソと家探しするような音が聞こえた。
「ダメです。何もありません!」
泣きそう声が聞こえた。
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