16人が本棚に入れています
本棚に追加
/37ページ
仕事ぶりが評判になったあたしは、権田竜星の目に留まった。開発部長の権田秀星は拒んだらしいが、竜星は強引にあたしを秘書にした。
「こういう黒縁眼鏡のつんとした女は初めてだ」
理系の女が珍しかったのだろう。卑猥に撫でまわす手から逃れながら、「捕まえてごらん」とあたしは遊んだ。ホテルの最上階にある鉄板焼きレストランで肉と海鮮を腹いっぱいに食べ、銀座のブティックでタイトスカートのスーツを買ってもらい、あたしは竜星の女になった。
まあ、権力と金のある肉食系の男が好きなので、あたしから進んでそうなったのだが。次男の秀星といったらマジで落ち込み、会社を休んで心療内科に通ったらしい。
竜星の秘書になる前、秀星には何度も誘われ、食事につき合った。あまりにも熱心なので気の毒になり、抱かれてあげようと、海浜幕張の自宅マンションまで行ったこともある。しかし、緊張と飲み過ぎで立つべきものは役に立たず、せっかく脱いであげたのに、あまりの不甲斐なさに呆れたものだ。
そうこうしているうちに、あたしは金と権力のある父親の女になり、社長になる目のなさそうな次男は病んだ。
計算高い女と後ろ指をさされそうだが構うもんか。あたしは、計算してなんぼ、の理系の女だ。
社長室のドアがノックされた。
乱れかけた髪を押さえ、ドアを開ける。
「お帰りなさい」
社長の長男であり、台湾支社長の権田優星、二年ぶりの帰国だ。
「お帰り」
父親の権田竜星も立ち上がって歩み寄り、あたしの蜜をペロリとやった右手を差し出す。しかし、その視線は息子を通り抜け、背後に佇むチャイナ・ドレスの女を捉えた。
(誰だ、この女――)
女優か、はたまたモデルか。ウチの会社では金輪際見かけたことのない美女だ。
(人から生まれたのではなく、今流行のAI生成じゃないか……)
可憐で清純な面差しと、これみよがしな凹凸を誇る肉体をチャイナ・ドレスが引き立てる、類まれなる美女だ。
「紹介するよ。こちら、王麗華さん」
頭だけ切り取れば、女子高生で通用するだろう。しかし、男たちの涎を誘う肉体の成熟度合を見れば、三十歳前後か――。
いつの間にか、脳みそに緊急警戒警報が鳴り響く。美しすぎるものは、なんであろうとも危険なものだ。だいたい、普通の女が真っ昼間の会社にチャイナ・ドレスで登場するか?
「台湾支社で、ぼくの秘書をしていた。帰国を機に、結婚しようと思う」
つまり、婚約者ってことか!
変だ。いくら優星がイケメンの次期社長候補とはいえ、ここまでの美貌は行き過ぎだ。ひょっとして、これは、某国政府が仕組んだ壮大なハニートラップではあるまいか。
最初のコメントを投稿しよう!