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あたしたちが保田へ引っ越した直後、優星は麗華と麻衣を伴い八街の家に引っ越した。
竜星はジープ・ラングラーを麻衣に買い与えた。優星がランドクルーザーを購入したのだから一家のバランスとしてはスポーツタイプの方がいいと思うのだが、娘には娘なりの考えがあるらしい。
竜星は週に三日、千葉の本社ビルに通った。往復とも秘書のあたしがベンツで送るので、隠れて八街へ行き麗華にちょっかいを出すのは不可能だ。愛人の座を奪われる危機感も、ひとまず隅に置いておける。
平穏な日々が続き、権田家にとって、年に一度のビッグイベント、お盆の時期となった。
それは、八月十三日の迎え火からスタートする。日没を待って、八街の家に住む者――昨年までは竜星とあたし、今年からは優星一家が、《丸に六つ丁子》という大根を丸く並べたような権田家の家紋を染めた手提げ提灯にロウソクを灯し、裏山にある先祖代々の墓に出向く。そこでご先祖の霊を呼び出し、自宅に連れ帰って仏壇に招き入れるのだ。
迎え火自体はそれほどの手間ではないのだが、親戚を迎えるために広間を片付けて座布団や座椅子を並べたり、仏壇回りを掃除したりと、翌日の行事の準備に手間がかかる。
十四日の午後、去年までの慌ただしさから解放されたあたしは、ベンツの助手席に竜星を乗せ、十四時の読経開始にぎりぎり間に合うよう、のんびりと八街の家に到着した。
親戚の男たちが集まって人だかりになっていると思ったら、その中心に麗華がいた。黒紋付の和装となった麗華はチャイナ・ドレスよりも艶っぽく、竜星は涎を垂らさんばかりに凝視した。
(畳の上で押し倒し、逃げる白足袋の動きを封じ、裾をたくし上げる想像でもしているんだろうなあ……)
あたしだって黒紋付で艶っぽいはずなのだが、追いかけてくる視線はひとつしかない。
権田秀星――。
視線だけでなく、するすると近寄ってきた秀星は、頼りない微笑みを浮かべた。
「ご無沙汰、元気?」
見ればわかるだろう。お父様に触れられるおかげで肌はこんなに艶々としている――。
「今年もお盆になったね」
なんで、こうも気の利かない会話しかできないのだろう……。
「もうすぐお坊さんが到着するね」
だから、なんだっつうの!
「ねえ、秀ちゃん――」
かつての上司であり、マンションの部屋まで行き、抱かれようと思ったが、そうできなかった男を、あたしは「秀ちゃん」と呼ぶ。
「お見合い、断ったんだって?」
竜星があちこちに頼んで手配した見合いを秀星は断った。相手は三十五歳でバツイチだが、写真を見る限りなかなかの美人で料理教室の講師をしているそうだ。
「断る前に、せめて手料理を食べればよかったのに」
「だって……」
「結婚するなら、何はともあれ、その女に男の胃袋をつかむ器量があるかどうか、なんだから」
「でも……」
まったく、何をやらせてもパッとしない男だ。
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