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1.危険な花嫁
千葉市中央区、Gテック警備保障本社ビル、十五階・社長室――。
来客を見送りドアを閉めた瞬間、背後に気配を感じる。まったく、エロっ気を燃料にしたとき、この爺さんの俊敏さは忍者並みだ。
「社長、まだ明るいんだから――」
背後から抱きすくめられ、四十二歳の女が七十歳の愛人をたしなめる。人が見たら、目を背けたくなるかもしれない。
「堅苦しい話の後は、リラックスしたいのだよ」
ジャケットへ滑り込んだ左手が乳房をつかみ、タイトスカートをたくし上げ右手は尻をまさぐる。
「だから、会社でやるのは止めなさい」
それくらいの言葉で自重しないのがこの爺さんだ。
理系女のシンボル――。あたしが勝手にそう思っている黒縁の眼鏡がずれた。優しく𠮟っているのだけれど、あたしの右手は勝手に動いて爺さんの股間をつかんでしまう。すっと眼鏡の位置を直したあたしのエロっ気も、それなりではある。
(あら、膨らんできた……)
それが面白いものだから、つい、ギュッとやったとき、デスクの電話が鳴った。一階の受付からだ。受話器を取るのと同時に、節くれだった指先がショーツへ侵入し、いきなり蕾をはじいてくる。
「はい、社長室です」
不思議なもので、こういうシチュエーションだと溢れてくるのが早いし量も多い。
「権田常務が到着されました。ご案内して宜しいでしょうか?」
「……あんっ、あっ、はい。お願いします」
指先にこねられて、ショーツが濡れる。来客時にこういうのが一番困る。垂れてこないよう、あたしは股間に力を入れるが、一度出てしまったものは元には戻らないし、冷たく濡れて気持ち悪い。
「優星さんが来られましたよ」
「相変わらず、タイミングの悪い奴だ」
文句を言いながら、父親の権田竜星はあたしから指を抜き、それをぺろりと舐めた。そういうところが、実に可愛い。
大手警備会社、Gテック警備保障の社長、権田竜星はあたしが秘書として仕える上司であり、十年に及ぶ愛人だ。とはいえ、奥さんを追い出し、一緒に暮らしているのだから、内縁の夫と言った方が正しい表現だろう。
息子は二人いて、前々妻の子である長男の権田優星は四十五歳になったスラリと背の高いイケメンの台湾支社長だ。いつも冷静で理知的な雰囲気を醸し出しているのだが、ときおり、その目が異常に冷たく光る。来月の定時株主総会で、七十歳になった竜星は会長職に退き、長男の優星が社長に就任するともっぱらの噂だ。
竜星は明言しないのだが、ゴールデン・ウィーク明けのこのタイミングで帰任したのは、きっとそのためなのだろう。社長就任までの役職は経営企画担当常務だ。
次男の秀星はあたしと同じ四十二歳。兄と同じく前々妻の子供でセキュリティ・システム開発部門の担当役員だ。容姿も評判も兄と比べれば残念な男だが、十年前、あたしが秘書になるまで直接の上司だった。
年齢をごまかしてスナックでアルバイトをしながら、あたしは専門学校でプログラミングを学んだ。卒業後、Gテック警備保障の子会社、Gテックシステムに就職し、セキュリティ・システム開発に携わった。その会社は竜星が社長を兼務し、秀星はシステム開発部長だった。
自分でいうのもなんだが、あたしはシステムエンジニアとして結構な活躍ぶりで、三十歳で介護機能とペットの見守り機能付きの統合セキュリティ・システムを開発し、そのおかげで会社の業績は急上昇した。
竜星には、もう一人、息子がいる。相良大樹という妾に産ませた子供だ。竜星は認知しているが母親の戸籍に入っている相良大樹は、今年三十歳になる。中学・高校と暴走族の仲間になり、今も定職につかず反社グループとつき合っているらしい。
既に母親は他界しており、稲毛海岸のUR団地に住むこの男に、竜星は毎月二十万円の生活費を補助している。権田一族のアキレス腱のような存在だ。事実、その存在を嗅ぎつけたゴロツキのような女性フリージャーナリストに脅され、百万円で記事を買い取った。
ただ、不思議なもので、その女性フリージャーナリストとは今でも「いいつき合い」をしている。その意味では、相良はそれなりの貢献をしたことになる。
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