はじめの4人

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はじめの4人

 第二高の事務は、事務主任の男と平の女3人で回している。全員で、あたしが移るのを「反対だ」と本部に訴えたらしい。あたしのこと、信用できないやら何やら、ごちゃごちゃ言ったそう。あたしと理事長の関係を知らずに、必死に訴える奴らの顔、想像したら笑える。無駄な悪あがきご苦労様。理事長には、前々から、第二高の事務は無能で使えないと信じ込ませてあるし、だからこそ、あたしによる事務改革が必要だと説き伏せてきた。そう、既にあたしは、第二高の事務主任として理事長の特命を帯びている。後で本部の課長に、奴らが訴えてきた内容をメールで見せてもらった。「産休の時に、引継ぎ等一切行わなかったばかりか、机に鍵をかけて、後任の業務を妨害した」やら、「急に長期休暇を取り、監査対応を第二高に丸投げした」やら。だから何?そんなこと記憶にない。後任の仕事が滞ろうが、監査ができなかろうが、それの何が問題なのか。  それにしてもこの4人、全員邪魔。あたしのことを否定するということは、理事長の意向も拒むということ。その代償は解雇しかないか。まあ、全員いなくなってもパート募集したらいいし、この田舎で学校事務の求人なんて、数人は飛びつくはず。あたしは早速校長に伝えた。 「4月1日に第二高に行ったら、すぐに事務主任の池野と給与担当の和田を呼んで、退職するように言って」  校長は一瞬驚いたようだったが、すぐに「分かりました」と頷いた。この校長は、いつも張り子の虎のように首を縦に振るだけ。表情も自分の意思もまるで無い、ただの蝋人形のよう。  1日の朝、校長と共に第二高に乗り込んだあたしは、早速、池野と和田を校長室に呼び出した。あたしは校長の右後ろに立ち、念の為監視する。 「池野さん、えーっと和田さんも、今回の件について理事長の意向に沿えないようなので、今月末で辞めてもらえますか?」 池野は少し沈黙して、「…分かりました。私達以外の2人もですか?」と聞いた。 「勿論です。皆さん30日付で退職してください」 和田は、困惑なのか怒りなのか、顔を赤らめてうつむいたままだ。 「どうぞご退室ください」 あたしは丁寧に、出ていくよう促した。 4人に退職届を提出させ、すぐに稟議を本部に上げる。理事長決裁は、あっという間に下りた。    30日の朝、職員朝礼で、池野が挨拶をすることになった。 「皆さん、これまで大変お世話になりました。4人一斉での急な退職、大変悔しく心苦しく思います。私達の意見は、理事長にも本部にも、一切聞き入れてもらえませんでした。今後は、こちらにいる校長と、新事務主任のお手並み拝見といたしましょう」 あたしは、体中の血が沸騰する感覚に襲われた。このあたしを公然と侮辱しやがって。  後日、和田が作成していた離職票を出そうとしたら、退職勧奨にチェックが入っていた。すかさず二重線で消し、自己都合に変更する。これで雇用保険の給付制限がかかる。いい気味だ。それでも、こんなことであたしの怒りは収まらない。何かとっておきの方法は無いか。  そういえば、第二高は、落ち目の第三高と違って、少し前に昇給幅を上げたと聞いたことがある。これを上手く使えないか。昇給幅を上げたのは、池野と和田が勝手にやったことだと。理事長は騙されていたと。そのせいで学園は損害を受けたと…。あたしは理事長に、「退職した2人が勝手に昇給幅上げてたの知ってました?」と聞いた。「そうなの?」と素っ気無い。肱志学園では、給与や人事、僅かな支出に至るまで、理事長決裁が必要だ。でも、学園運営に興味がない理事長は、自分が納得して裁可したことでもすぐに忘れる。あたしは、その性質をありがたく利用することにした。あの2人を被告、理事長を原告にして、損害賠償請求を起こすというもの。幸い理事長にはお抱え弁護士がいて、これもまた、理事長の言いなりだ。理事長のような大口顧客を逃すまいと、必死に媚びへつらっている。嫌がらせの訴訟と分かっても、おとなしく手続きするだろう。金額は3,000万円と太めに。目的は、池野と和田に、いつ終わるとも知れない金銭的負担を強いて、精神的に追い詰めること。失業した2人の懐をじわじわと蝕んでいく。想像するだけでワクワクする。
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