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Ⅰ
目の前に火柱が立っている。
その中に、十字架が建っている。
人が、いる。
動かないといけないと思う。
助けないといけないと思う。
誰がいるのかは分かっている。
なのに、体は動かない。
頭の中に、響くように声が流れてくる。
『────どうして?──』
「…っ…………」
…嫌な夢を見た。
草原の中に一軒立つ、レンガ造りの家。と入ってもほとんどハリボテで、一応「家」と呼べはする程度のもはや箱。
その中で私は目を覚ました。
壁も、床も、天井も、ベッドも、床に散らばった本やら何やらも、全てが灰色に見える世界。
夢の中だけは色鮮やかに見えるのに、あんな夢しか見ないから喜ぶこともできない。
せめて逆なら良いのに。
………いや、逆でもか。
どうせこんなところには人っ子一人こないし、せいぜい昼に起きて適当に散策して本を読みながら寝落ちするようなくらいの事しかしてないわけだし。
時計もないから時間は分からないけど、別にいらない。そんなものに縛られるような生活はとうに捨てた。自由気ままに生きる、これ大事。だから今日みたいにお昼前くらいに起きても全然問題ない。うん。
起き上がってその上からハンガーにかかっている薄いグレーのローブを着る。…確か、元々は薄紫色だった…はず。
これだけ粗雑に扱ってればボサボサになる…はずなんだけど別に普通のままの長いグレーの髪を手で軽く梳いていつもの状態になる。
着替え?普段着と寝間着両用だよ。着替えるのめんどくさいし。
お風呂はないから近くの川でたまに水浴びして終わり。洗濯は水浴びの時にそのまま一緒に。着たまま川に入ってるって意味だけどね。もともと魔法で強化されてるから破れたり縮んだりもないし、適当に干しておけば乾く。
服はコレしか持ってないけどどうせこんなところ誰も来ないし。
そこまで寒い地方でもないし、問題はないよ。タオルも一応あるから少なくとも風邪は引いたことない。
その状態で立ち上がると視線が少し高くなる。…高くなると言っても本当に少し。私の体は普通の人に換算すれば10やそこらと変わらないだろうから、さして変わりはしてない。多分身長130センチ位じゃないかな…
そのまま割とごちゃごちゃとした家を出ると、濃淡の付いた灰色の世界が広がる。
背の低い草が綺麗に生えた草原と、遠くに森のような木々の生い茂った場所。その反対方向の近くには少し大きめの川がある。家の隣には井戸があり、その近くに畑(のようなもの)がある。
私の一日は裏手の畑(笑)に行って始まって、本を読みながら一日を終える。まあどっちみちお昼前くらいに起きてるし、日が沈んだら寝てるからだいたい7、8時間くらいしか起きてないし。
さっきも言ったように、畑とは言ったけど本当にただそれっぽい植え場みたいな感じ。何かを栽培して自給自足生活とかしてるわけじゃない。
まあそもそも私は別に食事を必要としてないから、これは完全な観賞用。料理とかも面倒だしね、そう考えると中々楽な体だよ。
まあ、たまーに良い感じのお花とか咲いてたら摘んで家の中に飾ってたりするくらいかな。色わかんないから、判断規準が形とかそういうのだけだけど。
で、水やり忘れて枯らしたことも数え切れないね。うーんこの…。
「…あっ」
適当に植えた覚えのない草もながめつつ家に併設されてる屋根付きのベンチに腰を掛けてると、やけに色の濃い蝶が花についていた。
これは…黒蝶かな?珍しい。
確か鱗粉が幻覚作用のある薬の材料に…おっと思考が危ない方向に偏ってるみたいな言い方になった。幻覚作用って言っても危ないおくすりとかじゃなくて敵とかから逃げる時とかに使う撹乱用のやつね。
あとそんな大仰な機械みたいな調合道具は家にはないから私も作れないよ。
と、何となくぼーっと様子を眺めていると強い風が吹いて黒蝶は飛んでいってしまった。
あらら…と思いつつ目についた雑草を適当に弄って抜いてみたりして、またベンチに座ってその畑もどきを眺める。
うーん綺麗。のどかだね…
ん?畑の水やり?
井戸の水をポンプで汲み上げて勝手に畑に流れるようにしてるから水やりはいらないよ。というか八割方それ用の井戸だし。
技術って素晴らしいよねぇー。
あらかた外でやることは終わったから、ここからは引きこもりに徹しよう。やること、と言えるほどなにかしてたわけじゃないけど。
引きこもってなにしてるのかと言われると…まあ、ひたすら読書?やること無いし…
よくラジオを付けて黙々と本読んでたりする。
無駄なことを変に考えたりせずにそれだけに集中していられるしね。まあそんな感じで変に熱中してて気がついたら寝落ち、とかがもう毎日のルーティンたけど、別に誰にも迷惑はかけてないからセーフ。というかそもそも迷惑をかける人がいないから基本何してもセーフ。特に何もしてないけど。
ちなみに、この引きこもりの私が本を買いにわざわざ街へ行けるわけもなく。というかここから街に行くまで普通に歩いて片道数時間とかかかったりするから絶対するわけがなくて。
川に投棄されてたりそこら辺に捨てられてたりする本を拾って乾かして読んでるから正直あんまり衛生管理的なやつから見てはあまりよろしくない。
まあ読めるならオーケーって感じでやってるけど、そこまでの量の本が流れてくるわけもないから同じ本を延々とループして読んでたりする。
ギルドとかに本のお使い頼んだらダメかな…いや、そもそも無理か。私お金持ってないや。
魔物が蔓延るようになった世界で、剣や魔法を使って魔物と戦う人達、冒険者。それを束ねる集団がギルド。
とは言ってるけど、実際はお役所的な仕事から魔物討伐まで、なんでもござれな人達だ。べんりやさん。
報酬を出せるのなら個人で依頼を出すこともできるし、街の治安維持とかも任されている。
まあ…でも一番大きいのは魔王討伐とかかな。
魔界…魔物に侵攻され、魔力の満ちすぎた世界における、魔物を統べる王、魔王。存在しているだけで魔物が活発化して、被害も増える。そんなのだから、討伐しに行く人達のグループは勇者パーティとまで呼ばれる。そこのリーダーが勇者、という肩書をもらうことができる…けど、いまだに誰も討伐できた試しはない。
チラ、と部屋の隅にかかっているゴツゴツとした、少し不格好な…でもそれはそれで味になっている木製の長い杖が目に入る。
………魔法使いとして杖は命、なんて今では言われてるんだっけ。昔とは変わったよね。
いきなり魔物なんてのが現れて、魔力を持った人が現れて。
…魔力を持った生き物が魔物であるとわかった瞬間に、魔力を多く持つ魔法使いが魔物の根源だと思われて。
弾圧、魔女狩りが起こったあの時代とは。
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