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空は昼過ぎからどんよりとした灰色になり、遠くの山の頂きがにわかに真っ白な雲に包まれ、しばらくすると、山の神の嘆きにも似た、静かな、しかし、冷たく厳しい風が吹き下ろしてきた。
そして、夕方近くになり、普段よりもずいぶん早く辺りが暗くなってきたところで、雪が降りだした。
降りしきる雪は大粒で、ここ最近の強い寒波によって冷やされた道路や畑の上に落ちたまま溶ける様子がない。
私はリビングから窓の外を見ながら、(これは天気予報が伝えていたとおりだな。確かにこれは積もる降り方だ)と、生まれたときからずっと雪国に住む私の第六感が囁くのを感じた。
そうか、今年もいよいよこの季節が来たか。
幼い頃の重苦しい記憶を否が応でも私に思い起こさせる、この季節が。
「ねえ、お父さん。明日、雪が積もってるかな」
5歳になる私の息子がすぐ隣にやってきて、一緒に窓の外を見つつ嬉しそうに訊いてきた。
「うん、これは積もるよ」
「やったあ!」
息子は小躍りして喜ぶ。
そうか、息子は、かつてここも雪国であったことを知らないのだ。
昔は冬になると数十センチの積雪になることもざらにあったのに、最近では道路がうっすら白くなる程度で、積もることもめっきり少なくなった。
そのおかげで、雪にまつわる私の記憶は、ほとんどが子どものときのものだ。
雪にまつわる、私の何よりも忘れられない記憶。
それは、年を重ねるほどに切ないものになり、できれば、もっとありふれたなにかで埋めて欲しいのだが、ここ最近の冬の無慈悲に乾ききった風が、それを許してくれない。
「ねえお父さん、どれくらい積もる?雪だるま作ったりできるくらい積もるかな」
「うーん、どうだろうな。でも今夜は本当に寒くなるみたいだから、ビックリするほど積もってるかもしれないぞ」
「わあ、じゃあそうなったら、一緒にあの原っぱに行こうね!」
「よし、約束な」
あの原っぱ、か。
もしも明日、あそこに雪が積もっていたら、まさにあの記憶のとおりの景色が広がっていることだろう。
違うのは、私がもう大人になったこと。
そして、「あの子」の姿は、もうどこにもないことだ。
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