209人が本棚に入れています
本棚に追加
稼ぎ頭であることと、座長のお気に入りということもあり、今まで逃れてきたが、年齢的に春を過ぎた今、それがどこまで通用するか、覚悟を決めなくてはいけない段階であった。
だが、どうしても気が向かないのだ。
頭に浮かぶのは、小さく震える手。
それを優しく包んで、頭を撫でてあげた。
切なく胸に響く声で、エヴァンと名前を呼ばれた時の記憶が、これ以上はダメだと足を止めてきた。
「考えておく……。とにかく、まずは舞台だから」
舞台の上は照明で光り輝いて見える。
小さな鈴を両手首にはめたリッツは、息を吸い込んでから、光の海に飛び込んだ。
弦楽器のムード溢れる音楽に合わせて、リッツは舞台の上で踊る。
指先まで意識を集中させて、背をそらして、しなやかに体を動かす。
鈴の音色に合わせて、髪を靡かせて、くるりと回転すれば、客席から歓声の拍手が沸き起こった。
今夜のダンスも上手くいった。
そう思いながら、目線を客席に向けたリッツは、ある男と目が合うと、体がビリッと痺れてしまった。
体を射抜くほどの強い視線。
その向こうにあったのは、見覚えのある金色の瞳だった。
客席の中央に座っている男。
肩を組んで馬鹿騒ぎしている連中とは違い、一人で静かに飲んでいるように見える。
ノリが悪いと茶化すヤツがいないのは、彼が位の高い人物であるからだろう。
浅黒い肌に、漆黒の髪が目に入ってから離せなくなった。
彫刻のように男らしく整った顔立ちが、どことなく懐かしく感じてしまう。
なぜこんなに心が掻き乱されるのか。
動揺してリズムがズレてしまったリッツは、慌てて回転してなんとかソレをごまかした。
おかしい……
見覚えがある気がする……
でも……
そんなはずはない……
だって彼は……
ピタリと音楽が止まって、リッツの踊りも終わった。
それらしくポーズを取れば、一斉に拍手が沸き起こった。
頭を下げたリッツは、急いで舞台袖にかけていった。
心臓がバクバクと鳴って、足に力が入らない。
舞台の上で倒れてしまいそうだった。
舞台袖の椅子に座り込んだリッツは、ポタポタと汗が額から流れ落ちるのを感じながら、まさかそんなはずはないと言って頭を抱えた。
彼の名はジェイ。
本名はジェラルドだったが、呼ぶなと言われたので、ジェイと呼ぶことにした。
最初のコメントを投稿しよう!