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ACT2: 恋みたいに
日直日誌をパタンと閉じて小脇に抱えると、通学鞄を掴んだ。
「おーい」
ふいにその手首をグイッと引っ張られて、反射的に「何だよ」と振り向く。
振り向いた先には、今しがた唇を押し付けたばかりの頬に指を当てた霧翔。
ドキッと心音が跳ね上がる。
「雪があまり降らない日常にいるとさ、降ったときは非日常て言うか別次元? ……すげぇ鮮明に残るものだと思わない?」
鼓動が波打つ中、霧翔は開いた窓の外を眺めながら言った。明日は雪の予報。湿気を含んだ冷気が重い。頬に当てた霧翔の指は、含みがあるのか無いのか唇に移されていた。
「え?」
「いつ、どこで、誰と……どんな気持ちで居たとか、そういうの。
先週の雪の日に雪合戦したじゃん? 俺は光留と霜焼けするくらい雪を投げ合ったことは忘れないし、光留にも忘れて欲しくないと思ったよ」
「忘れたりしないよ」
……だってお前に恋をしている。一緒に過ごす日々は特別だ。一分一秒だって忘れたりはしない。
続けてしまいそうな言葉は慌てて飲み込んだ。違う言葉を探す。
「霜焼けしたのか?」
「したよ」
自分の手首を離さない霧翔の手に視線を落とすのと、霧翔のもう片方の手が、オレの頬に触れるのが同時だった。
「これがな、痛くて痒いんだ」
痛くて痒い患部はどこだよ?診ようとした目は、大きく見開いた。唇が唇に。声を出す間もなく塞がれたからだ。
「ん……!!」
呼吸を求めて強引に口を開くと、より一層、熱が入り込むような深いキスが落ちる。
「……。」
抗う力を放棄すると、重ねられた唇がふわりと距離を置いた。
至近距離で、霧翔が悪戯に口の端を上げる。
「どうだ? ……仕返しされた気分。雪玉みたいに顔面狙うなら外さなきゃいいのに。ほら霜焼け、痛み分けできただろ?」
「お前ッ、寝てなかったのか!?」
「ざまぁ」
勝ち誇ったように笑う霧翔は気付いてない。
雪玉が顔面に直撃したときよりも、顔が真っ赤だ。なんだよ、可愛い。
「痛くて痒いな」
「だろ?」
* * *
雪が溶けるように恋が溶ける。
ゆっくりと消えていく筈の恋は、待つ暇もなく一瞬にして溶けた。何でだろう。一瞬で溶けた恋は、太陽に照らされてキラキラ反射する積雪に似ていた。
明日は、また雪。
鉛色の空は、降る?降らない?を繰り返しながら真っ白な雪を演出するのだろうか。
ふわりふわりと綺麗で壊れやすい結晶を、心にも、降らせるつもりなのかな。(終)
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