第1話

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第1話

 甥っ子をしばらく預かることになった。  というのも──姉夫婦は離婚の話し合いでトラブルになっており、今の環境は子供にとって良くないから預かってくれないかと頼まれたのだ。  私たち姉妹の両親は、既に他界している。だから、姉も頼れる相手が私しかいなかったのだろう。「京香(きょうか)にしか頼めないから」と懇願されてしまい、私も拒否できるわけもなくあれよあれよという間に話が進んでしまった。  でも……冷静に考えてみれば、気軽に引き受けて良い話ではなかったのかもしれない。  私は、数年前に事務の仕事を辞めてからはウェブデザイナーとして在宅ワークをしている。  家にいることが多いとはいえ、仕事があるから甥っ子に掛り切りにはなれないし、正直なところ子育ての経験がない自分に母親代わりが務まるのか自信がなかった。  勿論、甥っ子のことは可愛いし、出来ることなら何でもしてあげたいとは思うのだが。  甥っ子は三歳。名前は颯人(はやと)という。好奇心旺盛でやんちゃ盛りだ。  これから一緒に暮らすうちに、衝突することもあるだろう。 (私、ちゃんとやっていけるのかな……)  不安で胸がいっぱいになりつつ、私は颯人の手を引いて自宅マンションに帰ってきた。  そして、リビングのテーブルの上にスマホを置くと颯人に声をかける。 「颯人、手を洗うからおいで」 「うん」  颯人はそう返すと、素直についてきた。  私はハンドソープを泡立てると、颯人の小さな両手を包み込むようにして丁寧に洗ってあげた。 「はい、おしまい。よくできました」  そう褒めると、颯人は嬉しそうに笑った。可愛い笑顔に癒やされる。  タオルで手を拭き終わると、颯人はとてとてと歩いてソファにぽすんと座った。 「ちょっと待っててね」  私はキッチンに行き、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと颯人のところに持っていった。 「はい、お水だよ」  そう言って、水を注いだコップを颯人に差し出す。  けれど彼はそれには反応せず、テーブルの上に置いてあるスマホを怪訝そうな顔で見つめていた。 「ねえねえ、京ちゃん。これ、さっきからブーン、ブーンって震えているよ。どうして?」  颯人はそう尋ねると、スマホを指差した。 「ああ、このスマホのこと? 震えているのは、誰かからメッセージが届いたからだよ。今はマナーモードにしてあるから、バイブレーションだけで音が鳴らないの」 「へえ~! マナーモードっていうんだ!」  颯人は目を輝かせながら、興味津々といった様子で再びスマホに視線を戻した。 「京ちゃん。スマホ、触ってもいい?」 「いいよ。でも、壊さないでね」  私は颯人にスマホを手渡した。すると、彼は嬉しそうにそれを受け取った。  そして画面に指を滑らせ始める。どうやら、タッチパネルの操作に興味があるようだ。  早い子は三歳頃からスマホを使い始めるらしい。でも、颯人はまだ触ったことがないみたいだ。  そう言えば、小さい頃からスマホに慣れ親しんでしまうとなかなか手放せなくなってしまうと聞いたことがある。  だから、姉はあえて見せたり触らせたりしないようにしていたのだろう。 (まあ、少しくらいならいいよね)  そう思いつつ、颯人が夢中でスマホをいじっている姿を見守っていた。  それ以来、彼はスマホに興味を示すようになった。登録してある連絡先を見せて「これが颯人のママで、これがパパだよ」と教えてあげると、「ここをタップすれば、いつでもママやパパと話せるんだね」と目を輝かせていた。  いつの間にか「タップ」という言葉を覚えるまでに成長していた颯人を見て、私は驚くと共に感動を覚えた。  実子ではないものの、甥っ子の成長は自分のことのように嬉しかった。
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