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第2話
そんなある日のこと。警察から、姉が亡くなったという連絡を受けた。
現場の状況から、他殺の可能性が高いそうだ。しかも、夫である義兄は行方不明なのだという。
突然のことに茫然自失となりながらも、私は何とか喪主を勤め上げ葬儀を終えた。
最愛の姉を失い、しばらくは悲しさや悔しさといった感情に囚われていたが、やがて疑問が湧いた。
(義兄さんは、一体どこに行ったんだろう……?)
彼の人柄は決して良くない。
口論の末に姉に暴力を振るって警察沙汰になったこともあるし、現に私も何度仲裁に入ったかわからない。
そんな人間が夫なのだから、姉はさぞ苦労をしてきたのだと思う。
私は以前から義兄の言動には嫌悪感を抱いていたが、姉はどこか放っておけないところがあるのも事実だと言っていた。
到底理解できない種類の人間ではあったが、それでも心の底では姉のことを気に掛けてくれていたと思いたい。
(まさか、義兄さんが犯人じゃないよね……?)
ふと、頭にそんな考えがよぎる。
ここ一週間は親戚への連絡やら葬儀やらで忙しく、そんな可能性を微塵も考えていなかった。
恐らく、警察も義兄を疑って捜査はしていると思う。だが、姉と義兄は既に別居していたこともあって明確な証拠がないのだろう。
(とりあえず、葬儀は終わったけど……これからどうしよう)
そんなことを考えつつ、私は夜食でも作ろうと思い冷蔵庫から野菜を出した。
ここ数日、まともに食べていないせいか体に力が入らない。無理をしてでも何か食べないと。
「あれ? 包丁がない」
包丁立てを見ると、そこにあったはずの包丁がなかった。
(最後に包丁を使ったのっていつだっけ?)
記憶を辿ってみるが、それすら思い出せない。
「まあ、いいや。他に何かないかな……」
一通り探してみたが、手軽に食べられそうなのは乾燥ワカメとチョコレートだけだった。
とりあえず、後者を一つ手に取り食べてみる。だが、それ以上食べ物を胃に入れることができなかった。
「はぁ……一体どうしたらいいんだろう」
私は大きく嘆息した。姉はもうこの世にいないし、義兄も行方知れず。
そうなると、必然的に颯人は私が引き取るしかないのだけれど。正直、先のことを考えると不安しかない。
今はまだ三歳児だからいいけど、大きくなるにつれて問題は増えていくだろう。果たして、自分のような人間が彼を育て上げられるのだろうか。
──とはいえ、もはや引き取らないという選択肢は残されていないだろう。
私は覚悟を決めると、颯人を寝かしつけるために寝室に向かった。
すると、彼はベッドに寝転がりながらスマホをいじっていた。いつの間に寝室に持ってきたのだろうか。
私はベッドに歩み寄ると、諭すように話しかける。
「こら、颯人。勝手にスマホをいじっちゃ駄目って言ったでしょう?」
そう注意したものの、颯人はスマホに夢中になっていて聞こえていないようだ。
「あのね、京ちゃん! さっきからブーン、ブーンって音が聞こえるんだ!」
不意に、颯人が興奮しながらそう言った。
「どういうこと……? 今はマナーモードにしていないはずだけど……」
私が首を傾げると、颯人はスマホを操作し始めた。
「僕、電話したかったの。それでね、LINEを開いてこの受話器ボタンを押したら聞こえたんだ。もう一回やるから聞いてて! ……ほら!」
「え……?」
颯人の言う通り、室内からブーン、ブーンとバイブレーションの音が聞こえてきた。
音の発生源を辿ってみると、クローゼットの中から聞こえてきているようだった。
私はごくりと固唾を呑む。そして、恐る恐る颯人が持っているスマホの画面を確認した。
──そこに表示されていたのは、義兄の名前だった。
「パパ、どうして電話に出てくれないんだろう?」
颯人がぽつりとそう呟いた途端──クローゼットの折れ戸がゆっくりと開いた。
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