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天から降り注ぐのは、哀しみの涙。
黒いベールの下からのぞく泣き腫らした瞳は血ばしり、長い髪を振り乱す姿はバンシーそのもの。
辺りに響く悲痛な泣き声は嵐を呼び、近くを飛んでいた鳥が地面に落ちて動かなくなるほど。
灰色だった空はたちまち黒く厚い雲に覆われ、木々を揺らす。
ゴォォッ…!
ザワザワッ…!
メキメキッ…!バキッ…!
嵐が近づくにつれて彼女の泣き声が、酷くなる。
黒い空に稲妻が走り、すぐにバケツをひっくり返したような大雨が大地を濡らす。
ピカッ…!!!
突然、空に閃光が走ったかと思うと凄まじい轟音と共に彼女の傍に鎮座していた大木に雷が落ちた。
一瞬の静寂
泣き腫らした彼女の瞳に揺れる炎の端が映ると同時に、周りの音が戻ってくる。
ザァァァッ…!!
苔で覆われた古く立派な木の幹は雷で真っ二つに裂け、パチパチと小さな炎が周辺で踊る。
次の瞬間、彼女は身に付けていた灰色のマントで大木の炎を消していた。
その時にはもう、泣き叫んではおらず一心不乱に消火にあたった。
幸い、大雨のおかげですぐに鎮火したが、大木の大半が黒く焼け落ちてしまった。
周りは、焦げた匂いに満ちている。
肩で息をしながら、変わり果てた大木を見つめる。
マントの裾を強く握り、唇を噛み締め、肩を震わせながら大粒の涙を流す。
止まない雨が続く…
しばらくして、涙を拭うと雨で重く濡れたマントを大木に引っ掛けて屋根を作る。
そして、幹にすっかり冷えた身体を預け、足を抱えながら座るとそっと目を閉じた。
彼女が眠りに落ちる頃には雨は上がり、空では星々の噂話が始まる。
その夜、彼女は夢を見た。
昔懐かしい、暖かい記憶。
今よりずっと森が豊かで動物たちも沢山居た頃、皆に頼りにされる大木の葉が太陽の光でキラキラと光る所を見るのが好きだった。
しかし、ある日突然、二足歩行の動物が森に入ってきた頃から動物たちは森を出ていき、大木もこの森を出る事を彼女に薦めた。
でも彼女は、大木の薦めを聞かなかった。
聞くのが怖かった。
誰も居なくなった森で、大木はどうなるのか。
独りぼっちにさせたくなかった。
沢山の動物たちに囲まれて、物知りで森のことを守ってくれた皆の親のような大切な存在。
日に日に衰え、長い眠りにつくその時まで大木は彼女にこの森を出る事を願っていた。
その頃にはもう森の大半の木々が二足歩行の動物たちによって、切り倒されて森全体が虫の息だった。
採れるものが無くなると、すぐにその動物たちは森に入るのを止めた。
残されたのは、切り倒された木々の残骸に動物たちの手入れが行き届かなくなった鬱蒼とした木々が立ち並ぶ黒の森。
その頃からよく泣くようになった。
この森の事が大好きなのに、何の役にも立たなかった事がただただ悔しかった。
二足歩行の動物たちには彼女の姿、訴える声は届かなかったのだ。
あとで大木に聞いて分かったことは、彼女の姿は限られた者しか見えないということ。
大木の近くから離れず、咽び泣く日々。
それが今日、終わってしまった。
優しい大木の声を二度と聞くこと無く、雷に打たれて、一瞬で。
ピチョン…
幹の端から顔に水が落ちたのをきっかけに、彼女が目覚める。
太陽の光が鬱蒼と立ち並ぶ木々の間から差し込み、大木を照らしている。
彼女の雨に濡れた服やマントは、すっかり乾いていた。
焼け落ちた大木だった幹からマントを取るとある事に気がつき、目が釘付けになる。
キラキラと陽の光が真っ二つに裂けた幹を照らす中で、小さな双葉が顔を覗かしていた。
もっとよく見ようと、陽の光を浴びるとたちまち、彼女の身に付けていた服が黒から白に変わる。
黒のベールと黒い服は白くなり、灰色のマントはシルクのように光でキラキラと輝いていた。
力強く根付く双葉を見て、夢じゃない事を確認した彼女は静かに嬉し涙を流した後にニッコリと微笑むと、陽の光の中に解けて消えた。
彼女の頬から伝った最後の涙が、双葉に落ちると青空を映し、まるで双葉を撫でるように優しく風が吹いた。
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