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 始まりは、遡ること、今からほんの数日前――   +  +  +   ドアの前に立ち、深呼吸を一つ。  きゅっと気を引き締めて、軽くノックする。 「……開いてるよ」  どこがぼんやりした返事を聞いて、私は「失礼します」と声をかけながら扉を開いた。  部屋に入ると、明かりが漏れ……ると思いきや、中は薄暗く、部屋の中がほとんど見えない。  ……あれ? 「すみません、あの、どなたかいらっしゃいますか?」 「……いるよ」  心の底から面倒くさそうな声がした。  ……ああ、なるほど。これはたしかに、よっぽど気難しい人かもしれない。  私はつい数日前、『博士』に言われた言葉を思い出す。 ――「君の上司になる人は、まあ性格に難のある人だけど、すごく優秀でね。かつては数十年に一人の超天才とまで言われていたくらいだから、性格にちょっと難はあるけど、一緒に仕事することですごく勉強になるんじゃないかな。性格に難はあるけどね。難のある人だけど」  『難がある』が四回も出てきたのはかなりひっかかったけど、とはいえ私の尊敬する人がそこまで手放しで褒めるほどの仕事ぶりを聞いて、期待していたのも事実で。  アウトテイカー。  それは小さい頃から、ずっと憧れてきた私の夢。  この国ではダンジョンと冒険者の数が膨れ上がり、魔法が使える人間はほとんど皆、ダンジョンへ稼ぎに出かけていく。  希少な宝が山ほど出るダンジョンもあり、経済が活性化していく中で、そんな光に埋もれた影もある。  資源がとりつくされ、モンスターが狩り尽くされ、もう誰も踏み入らなくなった、「元」ダンジョン。  そんな廃墟の数々はじきに封鎖されたり、子どもたちの肝試しに使われたり、あるいは工事がなされてなにかの施設に生まれ変わったりする。  その前に、まだこっそりと潜んで生きているモンスターの残党を追い払ったり、見落とされていた資源をすべて回収したりして、ダンジョンを綺麗に「掃除」すること。  冒険者たちの、そして市民の「次」をつくるための裏の役目――  そして、何より。  誰にも気づかれることなくここに取り残された、冒険者たちの亡骸、ときに遺骨。  彼らを遺族のもとに連れて帰り、想いを繋ぎ、命を送り、最期の姿を伝えていく。  後世には語られない物語。  けれど家族に受け継がれ、心に刻まれる人生。  その語り手が、アウトテイカーだ。  ダンジョンに入ったきり行方不明になる冒険者が多いなか、アウトテイカーの仕事は遺された家族にとっても大きな救いになることか多い。  私はずっとアウトテイカーをかっこいいと思ってきたし、ちょっとした家の事情もあって、その存在は憧れだった。  ようやく試験をパスしてアウトテイカーギルドに所属が決まり、しかし早々に揉め事を起こした私は、私の上司とそのさらに上の上司――名前はわからないけどかなり偉い人らしく、職場の人達からは『博士』と呼ばれていた――の相談によって、この《メテオリティス》に転属することになった。  なんでも、全然人が集まらない部署で、博士の言う通りとにかく上司の性格が酷いらしいんだけど……。  でも、たとえここの上司からどんな扱いを受けようと、危うくアウトテイカーギルドを辞めさせられるところだった私に、ぎりぎりのところで与えてもらったチャンスだ。  絶対に無駄にしたくないし、こんなところで夢を諦めたくない。  覚悟を決め、カッとかかとを揃えて背筋を伸ばす。 「この度、《エイレーネ》から配属されました。ポラリス・ダークです。本日からお世話になります!」  暗い暗い部屋の中に、私の声だけが響く。  返事はない。  ……博士は、「話は通してある。『博士』に言われてきたって言えば、わかるはずだから」と言って、いつも通りの柔和な笑顔で送り出してくれたけど。 「あの、すみません。『博士』に言われて、」 「あ〜、うるさいうるさい。わかったからとりあえず黙れ」 「は!?」 「わかりきったことをいちいち言わなくてもわかってんだよ」  気怠そうな声とともに、パチッと部屋に明かりがついた。
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