マリオスの手紙が届いたら

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 柊くんがわたしの心を読まないせいで高級なお菓子はでてこなかったけど、でも楽しかった。  ゲームの電源を切り、画面がまっくらになる。 「満足した?」 「うん。ありがと、柊くん」 「じゃあ帰れ」 「はーい。ちょっとテレビ見てからねー」 「はーい……って、は?」 「大きいテレビっていいよね、今なにやってるかなー」 「帰れって言ってるだろ? 最終警告」 「私はリモコン、手に持ちました♪ 主導権かーくとく♪」 「はあ……」 「アニメ、アニメ♪」 「あさひちゃん、ニュースぐらい見たほうがいいんじゃない? 昔から全然見ないじゃん」 「アニメ、アニメ♪」 「世間を知ることは大事なことだよ」  柊くんがため息をつき、私が笑ってリモコンを操作する。  ニュース番組が始まっていた。 「本日○○市内にて、指名手配のマリオスらしき人物を見たとの目撃情報がありました。現在行方を追っています」  アニメを見ようとしていたリモコンの手が止まる。 「マリオス……指名手配!?」  私はテレビを見つめたあと、横に目をやる。  柊くんは画面をじっと見つめていた。  ニュースは続く。 「たった今情報が入りました。繰り返します。現在マリオス容疑者が○○駅にいるとの目撃情報が入りました。駅周辺の監視カメラの映像をご覧ください」  音のない、マリオスの映像。  僅かな口の動き。 「何か伝えようとしているみたいですが、わからないですねえ」  ニュースではコメンテーターの人がそう話していた。  わからない。  音声がないから分かるはずもない。  だけど、私はちらりと横を見る。  柊くんはテレビ画面にうつるマリオスを見て答える。 「し、ん、じ、つ、を、あ、き、ら、か、に、す、る……かな」  心を読んだ柊くんを見て、私は息を呑む。 「柊くん。マリオス……どうなってるの?」 「……どうなってるの、かな?」  柊くんは苦笑した。 「柊くんは、顔を見れば写真でも感情読めるんだよね、小学一年の時から」 「ちょっとだけな」 「それなら……読んでよ。テレビ越しからでも読めるんでしょ? 他は、マリオスは今……何を思ってるの?」 「嫌だよ、めんどくさい。今日はもう人の心を読まないって言っただろ」 「柊くん!」 「あさひちゃんはマリオスから離れたかったんじゃなかったの? 小さい頃からずっとそうだったんだろ? それならほっとけばいいじゃんか、何でそうしないの?」 「いいから、ね、柊くん」 「……あさひちゃんもマリオスに勝るくらいしつこいよね」 「え?」 「どこがいいの、マリオスの。マリオスにいいところあるの?」 「私は別にマリオスを意識したことは……」  意識したことは、ない。  でも、だ。  マリオスは側にいてくれた。  納得はいかないけど、楽しいときも悲しいときもわたしの側にいたのはマリオスなのだ。たったひとり、マリオスだけだけなのだ。  何も思い出がないわけじゃない。  だから……。 「俺は犯人じゃない」 「え……?」 「犯人じゃないって、言ってる。マリオスの、あの心が」 「柊くん、心を読んでくれたの?」 「……うん」 「それなら見つけなきゃ、マリオスを。柊くんもそう思うでしょ? マリオスはさっき、わたしたちに助けを求めにきたんだよ」 「たちじゃない。俺を入れるな。マリオスが助けを求めたのはお前だけのはず。手紙はあさひちゃんのところだけにきてるだろ?」  わたしは柊くんを見つめる。 「柊くん、私を助けて」 「嫌だよ」 「なんで? 昔からそうだったじゃん。マリオスがしつこくしてるときは柊くんが私を助けてくれてたでしょ? 助けてよ、私を」 「……あーあ、俺の平和な十一ヶ月が」 「それは私も同じだよ。やっとマリオスから離れられたと思ったのに。でもなんだかんだ私たちは幼なじみで、なにかの縁で繋がってる。離れられないんだよ、きっと」 「分かった、付き合う。俺の平和のためにもね」 「うん」  私と柊くんは同時に頷き、決めた。  マリオスを探そう。  マリオスに会いに行くんだ。  離れた場所からでも柊くんの力を使い、マリオスの場所と感情を特定していけば怖いものはない。 「ねえ、あさひちゃん」 「ん?」 「手紙って、ちゃんと読んだ?」 「え……?」 「マリオスから手紙、もらったでしょ?」  柊くんはさっそくわたしの心を読んだようだ。わたしはうっかり持ってきていたマリオスの手紙を開く。 『山本(やまもと)あさひちゃんへ。  最近全然会いに来てくれないあさひちゃんにどうしても会いたくて会いたくて、会える日を楽しみにしています。  二月十四日のバレンタインデーに、あさひちゃんと手を繋ぎたい。  どうかどうか待っててね。  マリオス・ローズフォールより』 「ちゃんと読んだよ」 「それならいいけど」 「え、なに?」 「何も知らなくて、いいね」 「ん……?」 「ねえ、あさひちゃん。この世に特殊能力なんて本当に存在してると思う?」 「は……?」 「人の心を読む特殊能力が、あると思う?」 「……柊くん、何を言ってるの?」  私は首をかしげ、その時、柊くんは口を開く。 「強いていうなら、ニュースはちゃんと見て、世間を知っておけということかな?」  私は眉を寄せる。柊くんは言葉を重ねる。 「俺は最初から、あさひちゃんを帰らせるつもりはないんだよ」 「え?」 「明日は可燃ごみの日だね。いらないものを捨てないと、あいつに……罪をなすりつけられないから」 「柊くん……?」 「縁が繋がって離れないって、なかなか大変だよね。でもあさひちゃんはいつも俺を忘れてる。マリオス繋がりじゃないと思い出さない。でもあさひちゃんとは繋がっていたい。だから……今日は来てくれて、ありがとう」 「柊くん……どういうこと?」 「最終警告、したはすだ」  柊くんはズボンのポケットからなにかを取り出す。  きらりと光ったそのキーホルダーに見覚えがあった。  いつかに見たMのキーホルダー。  今はチェーンがちぎれて、刃物で傷つけられたのか、傷だらけでボロボロだ。  あの持ち主を私は知っている。   そしてその時に私は気づいたのだ。  ねえ、マリオス。今どこにいるの?  緊急だから、早く会いに来て。
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