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上瀧は答えない。その答えは巽しか知らないのだ。
「俺の方が……」
「男の嫉妬は見苦しかなァ、秦」
「アンタ、本当に癪に障る男やな」
「よう言われる」
クッと笑いをこぼすと、後頭部に硬い金属が押し当てられ、カチリと音がした。もうひとり後部座席に潜んでいたのかと何となく思って目を閉じた。その時、瞼の裏に、泣きじゃくる子供の時の巽の顔が浮かび、茉莉の笑顔に変わった。
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早良区の割烹料理屋にトラックが突っ込んだ事件は、暴力団幹部の男が殺害されたことも大きく報じられた。さらに翌日執り行われた別府組の組長の葬儀にて小型サブマシンガンによる乱射が起き、集まった暴力団幹部ら全員が死傷。犯人は別府組の構成員、秦幸明。駆けつけた警察官の発砲により死亡。秦は自らの親である藤崎巽さえ無差別に銃撃している。藤崎は肩や胸を撃たれ意識不明の重体となった。
その二週間後、埠頭で頭部を撃ち抜かれた男の遺体が上がり、調査の結果、その遺体は、赤川組組長、上瀧諒平と断定された。
そして、意識が戻った藤崎巽は翌年の三月二十八日に自ら頭を撃ち抜き、自殺した。その日が上瀧の三十八回目の誕生日だったが、気に留める者はいない。
それからさらに翌年の五月五日。とあるマンションの一室にて。
「一歳おめでとう、諒太」
茉莉は丸く固めた幼児用ヨーグルトの土台に小さく刻んでてんさい糖で軽く煮たいちごで飾って作ったケーキをテーブルにのせた。幼児用の椅子に座った息子がにこぉっとあどけない笑顔を見せた。茉莉もつられて満面の笑みになる。
あれからしばらくして妊娠が発覚し、県警の二課から佐賀県の鳥栖署の地域安全課に移動した。父親が不明の妊娠を、茉莉の両親はやはり喜ばなかった。しかし、意外なことに鷹岡や佐々木がことある度に協力してくれた。
三ヶ月から保育園に通っているおかげか、諒太は上手にスプーンを使う。切れ長の目の形と薄い唇が上瀧に似ていて嬉しい。
「おいしーね」
茉莉が言うと、諒太はぷっくりしたほっぺたを自分の手のひらでぱふぱふと叩いた。美味しいのポーズだと絵本で読んで覚えた。
「かわいいねぇ、諒太。かわいいー!」
茉莉はいいながらデレデレに笑う。
ヨーグルトケーキを食べ終えた諒太が茉莉のところへ来て抱きついた。
形見っちゅうもんは身を護ってくれるげな。それに託されたもんは、大事にせなやろ。
時々、上瀧の言葉を頭の中で思い出す。
「諒太。私のことは護らんでも大丈夫やけん、元気に大きくなってね。あんたは私の大事な大事な宝物」
柔らかくて甘い匂いのする小さな体を抱きしめ、フワフワの髪に頬ずりした。
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