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 電話の声で音子も目覚めたらしく、ベッドヘッドのライトをつけたあと、上瀧の胡座に擦り寄り、ウトウトしている。空いた手を振り、退けとジェスチャーしたが、小さく首を横に振るだけで動こうとはしなかった。それどころか、陰茎を咥えて舌を絡ませてきた。 「じゃあ、とりあえずそっち向かう。一時間はかからん」 『はい!』  電話を切り、音子の髪を掴む。 「やめろ。出る準備しろ」 「ふぁっふぇはっはよ」 「口ん中に小便するぞ」 「ひーよ」  と顔を上下させながら口内で扱く。 「やめろっていいよろうが。聞こえんとか」 「……なんで?」  音子は口を離して不安げに見上げてくる。 「お前、巽の女やろうが」  音子は、苦々しくぎこちない笑顔のようなものを作って、へへっと情けない声を漏らした。 「ちがぁよ……、そんなわけないやん……。アタシなんかが巽さんの女なわけないやん……」 「どうでもいい奴をアイツが俺に預けるわけがない」 「え……、え……、ほ、ほんと?」  音子が頬を紅潮させ、はにかんだ。 「ただの小間使いのオッサンと思いよったんか?」 「えー、なんも教えてくれんけんわからんもん。あ、もしかして、オニーサンが、“りょうへいくん”?」 「上瀧さんって呼べ」 「こーたきさん!」  合点がいったとばかりに音子が破顔した。その笑顔が茉莉を思い起こさせ、軽く頭を振った。どこか頭のネジが飛んだ雰囲気が似ているのかもしれない。 「お前が簡単に誰彼股開きよったら巽が笑わるうとぞ」 「え。嘘……、や、でも、違うよ、アタシなんか使い捨てやもん……。まともやないし……、あ! でも! 巽さんね! すごくてね、デリやめさせてくれて、アタシ、前歯上と下二本なかったっちゃけど、インなんとかっていうの作ってくれたん! 本当の歯ァみたいなやつ! あと虫歯の治療もさせてくれてね、病院とか、通わせてくれて、それで……、うぐっ!」  ボロボロと涙を零し、言葉を詰まらせた。 「大事にせえって言いよろうが」 「ご、ご、めん、なさっ……」  音子は丸まるように突っ伏して泣き始めた。ベッドから降り、歯を磨いて着替える。煙草を吸いながら、音子が落ち着くのを待っていると、携帯が鳴った。 「はい」 『おい、上瀧、お前どこおるとか』  伊川のダミ声が低く尖っている。 「甘木(あまぎ)辺りですね」 『なんばしよっとか?』 「仮眠ですよ。どうも寄る年波には敵わんです」 『なーんば言いよっとか! お前がてれーっと寝とう間に市川が襲われたげな』 「はい?」  割り込み通話を知らせる振動がしてディスプレイを見ると、巽からだった。 「ちょっと伊川さんすみません」  返事を待たずに切り替える。 「巽?」 『すんません、秦です。オヤジがたった今息を引き取られました』 「まだ近くにおるけん、すぐ戻る。巽は?」 『だいぶ快復して、さきほど酸素マスクが外されました。上瀧さんをお待ちです』 「わかった。三十分くらいで戻る」 『……お待ちしております』  通話を再び伊川に戻す。 「すんません、伊川さん。こちらも状況が変わりました。また改めて連絡差し上げます」  と、一方的に電話を切る。泣き腫らした目で音子が上瀧を見ている。 「先に出る。ここにおるなら昼には迎えを寄越す。朝テメェで帰るなら帰れ。どうするや」 「……待っててもいい?」 「よかぞ。金は置いとくけん、好きにせえ。お前、携帯くらい持っとうとか?」 「スマホ持っとーよ」  上瀧はテーブルの上のノートに丸山の電話番号を書き、破って音子に渡す。 「丸山の番号。お前の世話は丸山に任せる。巽の所に帰りたいなら、コイツと一緒におることやな」 「わかった。……こーたきさんは?」 「俺ぁ忙しいったい」 「そうなんや。焼肉ご馳走様でした。……あと、あとね、た、巽さんの女って、言ってくれてありがとう……」 「そげな事で礼やらいらん」 「……やっぱりアタシも一緒行く」 「止めとけ。巻き込まれても助けてやられんぞ」 「優しいとね。こーたきさん」 「足でまといになるけんついてくんなって意味やけどな」 「巽さんの女やけん、巽さんの傍におりたい」 「……しゃあねえな」  上瀧は丸山に電話をかける。 「丸山? すまんばってん、帰られんごとなった。金がないなら神棚んとこにいくらかあったけん持ってけ。心配すんな。おう。ギャンブルも大概にしとけよ。じゃあな」  電話を切ると、音子は身支度を済ませて上瀧を待っていた。 ****  真夜中の田舎道にほとんど車はない。来た道を100キロ越えで飛ばす。伊川の着信が途切れない。珍しくショートメールが届いた。音子に読むようにいって、携帯を投げた。 「正面入口なくて右に回って搬送入口のとこに来てって」 「その番号は?」 「番号?」 「送信してきた奴の電話番号」  音子が読み上げた番号は巽のもので違いなかった。 「立体駐車場の二階、目印は葬儀屋の車って」  病院の駐車場の右側に青いランプが光る入口が見え、そこから入り、立体駐車場の二階へ向かう。正面玄関では二台分のパトランプが見えた。 「警察来とるやん。なんかあったっちゃろうか?」  音子が不安げにいった。 「そうやろうな」  右折矢印と緊急搬送入口と記された看板が光っている。 「あれかな? こうたきさんはここにおって。アタシ見てくる」 「待て」 「すぐ出らないかんやろ。運転する人がおらな困るやん」  音子は飛び出した。  気持ちが浮ついていて、足どりが軽かった。二人の役に立ちたいと思った。巽を呼んで、上瀧の車に戻って三人で福岡に戻る。巽のマンションは音子からすれば夢のお城のようだった。大きなベッドで巽と眠る。もしかしたら上瀧も来るかもしれない。巽も上瀧も自分を慰みものにしない。でも、あの二人になら同時にやられてもいい。そんなことを思い、自分で笑ってしまった。五人の男達に輪姦された時に比べれば、きっと楽しいだろう。昼も言われた通りに拳銃と液体の入った小さな容器を悪い奴の車に置いてきた。巽はまたキラキラした素敵なケーキを買ってくれるかもしれない。マンションにあるプロジェクターで、外国の白黒の古い映画を観ながらそれを食べるのだ。  三メートルほど走って右折した先に、ストレッチャーを押す看護師の姿が見えた。音子はそこに駆け寄り、巽さんいますか? と訊ねた。看護師とやり取りしていると、ストレッチャーの遺体らしき者が起き上がった。看護師が恐れ戦き、走り出そうとしたが、銃声が響き、倒れ込んだ。音子がビックリしていると、巽は音子の手首を引き、まるでダンスするように音子をくるりと回し、自分の前に抱きよせた。  背後から耳元に巽の吐息がかかる。「ごめんな、音子」彼女の腹に男がぶつかってきたのは、ほぼ同時だった。固くて冷たい金属が腹の中に押し入ってきた。氷を突き立てられ、そこから体温が吸い出されていくようだった。痛みというよりも焼け付くようだった。巽が音子を抱きとめたまま発砲した。
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