さようなら

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 『望月一に関するデータを消去しますか?』  何も答えない私に、声は急かすようにもう一度言った。  そうだ。考えてる時間も無駄なのだ。  私は何のために再び目を覚ましたのか。知能数を評価され、人類の行先を切り開いていくためにこの世界に呼び戻された。  私が、世界を救うのだ。  一息吐いて、私は答えた。  「消去して」  『かしこまりました。望月一に関するデータを全て消去します。』  声はすぐに答え、私の目の前で処理を開始した。昔のコンピュータより何倍も早い速度で消していく。  こうしてあっという間に三年間の記憶、何百万秒のデータがあっという間に消去され、彼との最後の記憶の処理に差し掛かった。  「ちょっと待って」  私が言うと、声は処理を一時停止した。目の前には彼がじゃあねと右手を挙げたシーンが映っている。  「等倍で再生」  私が指示を出すと、声は言う通り再生した。背筋を伸ばし笑っている彼が手を下ろし、私に背を向け歩いていく。私よりも十センチ以上高い彼が、段々小さくなっていく。  「さようなら」  その背中に、私は言った。きっとあの時の私も同じことをしただろう。歩く彼が遠くなり、やがて角を曲がって、視界から消えた。    「ありがとう。処理を開始して。」  『かしこまりました』  私の合図で、声は最後の記憶を消去した。  これでいい。彼はもういないのだから、この記憶も必要ない。何もかもを消し去って、この世界を救うことだけに専念すればいい。  私はそう意気込んだ。  目の奥が潤み、もう出ない涙が頬を伝った気がした。
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