さようなら

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 およそ三十分が経過した。過去二十五年分のデータ処理が終わり、次々に作業を進めていた時だった。  データ内にいる一人の男性に目が留まった。  彼は二十五歳を境に何度も現れている。  彼との記憶はいつも、その歳に就職した職場の外にあった。最初の記憶は珈琲店の中、エプロンを身につけた彼と話した記憶だ。つまり彼との出会いは、今はもうない店の中、店員と客という立場だったようだ。一つ一つを音声付きで再生する時間もないので飛ばし飛ばし見ていると、時たま珈琲店の外で二人で会っている映像も出てきた。  彼は一体何者なのか。  『望月(もちづき)(いち)。1976年生まれ。享年二十八歳。』  二十八で死んだ…?あまりに若い。  『旧名、沢田絵里は成績優秀で卒業後2001年研究所に就職。だが社会に独り立ちした途端、己の無力さに打ちひしがれ心を病む。その苦の最中立ち寄った珈琲店で望月一と出会う。同じ歳ということもあり、その後よく話すようになる。』  茶色がかった短い髪の彼が亡くなる三年前に私は彼と出会ったのだろう。  この三年間で何があったのか。映像のスピードを変えず、私は興味で目をこらし集中した。  彼と会い、その暖かい笑顔を見る度記録された心拍数が上がっている。彼と会う回数は日に日に増えていく。  そうか。私は彼に恋していたんだ。  無邪気な彼の笑い顔を見ると何となくそんな思い出が蘇る。私の人生において数少ないその感情を、私はすっかり忘れてた。  記憶を辿っていくと突然、笑っていた彼が突然表情を曇らせた。何倍速も早め見ているためかその後の記憶に彼は現れなくなった。  私はどうしても気になってしまい、後の三十年分のデータを処理しなければならないのに思わず映像を巻き戻した。  
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