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あの珈琲店で、私たちは向かい合ってたわいもない話をした。衝撃的な真実を告げられ苦しくなった時間はまるでなかったかのように、いつもと変わらない情景がそこにはあった。私の心拍数は落ち着いていた。
でもはっきり覚えている。もう二度と会えないこの人との最後の時間。
彼の顔、髪型。笑うと丸い目が細くなって、白い歯が薄い唇の向こうから顔を覗かせること。
冷え始めた季節、寒がりの彼は厚手の長袖を着ていても冷えるようで、袖を手の先まで引っ張っている。それが癖だから、着ている服は袖がいつも伸びていること。
コーヒーカップを包む手は大きくてカップが隠れてしまうものの、すらっと長い指はいつも羨ましいと見入ってしまうこと。
高身長だから少し猫背で、寒くなると余計に体を丸めるから、このままダンゴムシみたく丸まってコロンと転がってしまうんじゃないかと思ったこと。
その全てが、映像として記録に残らない私の記憶にしっかりと刻まれていた。初めは思い出せなかった彼のことを、彼との最後の映像を見た今でははっきり認識出来ている。
店が閉まるまで話し続け、店を出た頃は茜色が景色を染めていた。その色が降りかかる彼と向き合って、互いに見つめあった。
これで最後。もう二度と彼に会うことはない。
悲しい顔は一切見せず、彼はずっと微笑んでいる。
私も、彼の記憶には笑った私がいてほしい。次にもし私を思い出してくれるのなら、楽しい思い出で頭をいっぱいにしたい。
だから私も彼と同じように、込み上げる涙を抑え込んで笑った。
「じゃあね。」
彼は言った。
「短い間だったけど、楽しかった。ありがとう。」
彼の言葉で我慢しているものが吹き出しそうになる。でもだめだ。私は笑っていなきゃいけない。
こちらこそ、ありがとう。じゃあね。
私はそう手を振った。ポケットで温めていた右手を出し、彼は背筋を伸ばして私に手を振った。その時間が数秒続くと、彼は笑ったまま私に背を向け、家の方に歩いていった。
彼の大きな背が小さくなっていく。私は涙を堪えたまま、手を振り続けた。
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