さようなら

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 『望月一に関するデータを消去しますか?』  突然声がそう言った。ハッとした私は画面を見る。彼の姿はもうそこにはない。今後彼が私の前に現れることがないためか、声はデータの処理を進めようとしている。  消去。それはただの忘却ではない。  私の人生に望月一が存在しなかったも同然になるということだ。    ...だから何だというの。  彼とのデータには今後必要な情報が一切ない。  地球の異常気象、自然災害、そして戦争による各地の崩壊により人類は時間をかけてようやく火星に移住した。人類の一部は地球再建のために残り、日々研究と活動を自ら作り上げたロボットと行なっている。  そして機械の体を手に入れた人類。  この状況下で、数百年前まで人の頭の中を埋め尽くしていた恋だの愛だのは必要ない。冷凍精子も一般化したこの時代では、必要な時にそれを用いて受胎すればいい。つまり、やたらに交尾をする必要がないのだ。おかげで昔よく問題になっていた性犯罪もほとんどなくなっただろう。  そんな世界で、何百年も前の彼の記憶など持っていても仕方がない。地球を救う何の役にも立たない。  そう、役に立たない。
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