回転運動

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「じゃあな、元気で」友人を駅で見送り、車を進める。僕は「またな」とは言えなかった。  彼とは大学で出会い、卒業式の二日後に僕の地元まで来てくれる仲になった。来月にはお互いが違う場所で働くことになる。もう一度会う時がいつなのか、そもそもそんな時が来るのか、わからない。  一人で駅から家へ戻るのは空しい。車内の温度は心なしか二度程度下がったように感じる。信号待ちをしながら深呼吸をする。  彼の匂いが車内に残っている、僕はその時初めて気づいた。しかしこの匂いは彼が乗っていた時からあったのだろう。彼の柔軟剤の香りだろうか。それが何の香りであれ、彼の残したものは一層僕を空しくさせた。   駅前の一角が空き地になっている。元は何があったか覚えていない。何度も通った道なのに。慣れ親しんだ場所なのに。僕はもう来月にはこの町から出て行く。彼だけでなく、地元の友人にすら会えない。最後に会っておこうと思い、今月は予定がぎゅうぎゅう詰めになった。忘れたくない事がどんどんと増えていっている。    自室に戻り、引っ越しの整理を始める。これは置いてく、これは持っていく。処遇をずっと迷っている物に目を向ける。部屋の隅のアコースティックギター。アルバイトを頑張って買ったものだが、最近はあまり弾いていない。久しぶりに、と弾いてみる。ジャラン。昔よく弾いていたフレーズを無心で鳴らす。   また作詞してみようか、と思い立った。ギターを買ったばかりの頃はよく自分で作詞と作曲をしていた。気づけばそんなことに時間を使うことをやめていた。  床に座り、壁にもたれる。どんなメロディーにしようか。誰に聞かせるものでもなく好き勝手に弾いていく。気に入ったメロディーはメモをする。 次は歌詞だ。僕は今何を歌いたいのだろうか。  大学で出会った友人のことを何人思い出せるのだろうか。どんな顔か、どんな授業で一緒だったのか、何を話したのか。そもそもどんな名前だったろうか。覚えた代わりに、色んなことを忘れてきた。大学の友人と代わるように、高校時代の友人が記憶から出ていった。ゆくゆくは大学の友人も忘れてしまうのだろう。  スマートフォンを作動させて録音をする。弾いては聞き直し、歌詞を変え、そこに合うように楽譜も変え、また弾いて聞く。そんな繰り返し。この人生すらもう一度繰り返せたら。 死ぬまでにどれだけのことを忘れて、どれだけのことを覚えていられるのだろう。もし、この人生をもう一度経験できるのなら、全て忘れても問題無いのかも知れない。  この曲の初めの音と終わりの音を同じにしよう。僕はそう思いついた。修正の跡がたくさん残るメモに書き足していく。  ようやく完成した曲を聴きながら、題名を考える。 後先なしに モノ・ヒト・コト 欲張りながら 乗せていく 食指が動けば 何であれ 面白そうな モノばかり どんどん招いて 隙間が無いぜ みんな詰めろよ 走り出す どんちゃん騒ぎで 右へ左へ シートベルトは 使えない 制限人数 とっくにオーバー アクセルベタ踏み 砂煙 助手席に二人 ぎゅうぎゅう詰めだ タイヤが悲鳴を あげちまう ドア開け窓開け 投げ捨てて どんどん軽く 乗りやすく またまたモノを ヒト・コト乗せて その度どんどん サヨナラを さっきは隣に いたはずなのに いつからだろう いないのは 捨てた事すら 覚えてない 拾ったことすら 忘れたよ 運転席に オレ一人 横も後ろも 何もない 空しく円描く タイヤたち 喜んでるのは アクセルだけ 誰だコーヒー 溢したの 匂いと染みが 残っちまった 誰も乗っては いないけど アイツの声が 聞こえてくる 席にポツンと 誰かのスマホ しょうがねぇな 渡しに行くか ぎゅうぎゅう詰めの 辛さ楽しさ 分かち合うのは 車とオレだけ タイヤはぐるぐる 回りっぱなし オレはどこまで 進むのか 見ぬ道来た道 ぐるぐる回り ここかどこかも わからない
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