短編『花畑伽藍の除霊録』

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「こらぁ、起きんかぁ、伽藍(からん)!」 カンカンカンカンと鍋をお玉で叩きながら、伽藍が寝ている和室に入ってきたのは、伽藍の親代わりである、黄泉崎朱音(よみさきあかね)だ。年齢は70歳を越えているが、病気1つしたことのない健康体で、まだ朝の5時前だというのに、昼間と変わらぬ元気さで、伽藍が目覚めるまで鍋を叩いた。 「わ、分かった分かった、起きるわよ。」 伽藍は、耳触りな音から逃れるため布団から這い出て何とか立ち上がった。 「宜しい。んじゃ、着替えたら朝飯食いんしゃい。」 朱音はそう言うと鍋を頭に乗せて部屋から出ていった。 「…もう、まだ5時前じゃん。ふぁ〜。」 部屋の時計を見ながら大あくびをしている伽藍は、今年12歳の小学6年生。朱音の元にやって来たのは、小学3年生の時であり、その前は公営の孤児施設で暮らしていた。伽藍の記憶の中には親という存在は無く、どこで生まれたのかも分かっていなかった。勝ち気な性格故、施設内での衝突も多く、嫌気が差した伽藍は行く宛など無い中、施設を飛び出し、路上生活をしているところ、朱音に拾われたのだった。 伽藍は昨晩寝る前に用意して枕元に置いておいたパーカーとデニムに着替えると、パジャマと布団を畳み、居間に移動した。居間に着くと、朱音が丁度味噌汁を台所から運んできたところで、伽藍の着席と同時に味噌汁が置かれた。 「いただきます。」 「はいよぉ、たんとおあがりぃ。」 焼き魚に卵焼き、漬物、味噌汁、炊きたてご飯と施設の時とは比較にも成らない程の立派な朝食を毎朝食べられることに、伽藍は幸せを感じていた。朱音も自分のご飯をよそうとちゃぶ台の対面に座り手を合わせた。 「おばあちゃん、毎朝何時に起きてるの?」 伽藍が味噌汁を一口啜ってから質問した。 「ん、まぁ3時半くらいかねぇ。なぁにこの歳にでもなれば自然と目が覚めてしまうもんだ、ハッハッハ。」 「早っ。夜だって私のが先に寝てるのに。身体大丈夫?」 「身体が健康なことだけがオラの長所じゃけん。寝てる時間があるなら、起きてその分色んな体験した方が人生得したと思わんか?」 「…寝るのも大事って言ってんの。おばあちゃんが倒れでもしたら、私が困るから。」 伽藍は不機嫌そうな表情をしたが、大好物の卵焼きを口に頬張るとニコッとした表情に変わり、それを見た朱音は嬉しそうに笑った。 「今日も食べたら修行じゃよ。」 「分かってるわよ。朝ごはんくらいゆっくり食べさせ…」 伽藍が朱音に視線を向けると、もう全てを食べ終えており、ひょいひょいと食器を重ねて台所に運んでいった。 「…早食いも身体に良くないって言ってんだけどね。」 伽藍は台所の方を見ながら卵焼きを口に入れた。 朝食が終わると、伽藍は日課通りに歯磨きなどを済ませ、平屋造りの母屋から渡り廊下で繋がっている年季が入った道場に移動した。中に入ると朱音は既に道場の真ん中に胡座(あぐら)をかき瞑想をしていた。伽藍は足音を立てないように朱音の目の前まで移動すると、板張りの床に座り瞑想を始めた。伽藍は、初めて瞑想をした際は、こんなものに何の意味があるんだと馬鹿にした態度をしていたが、朱音の指導の下、何回、何十回と続けていくうちに、瞑想することの意義を理解し、今では瞑想をしないと1日を始められないというほどになっていた。 何も考えないことの大切さ、心と頭を空っぽにすることで新たな1日を始められるという感覚。特に一般的な同級生とは違う過去を持っている伽藍には効果が大きかった。 「…ほな、昨日の成果を見せてもらおうかの。」 朱音は目を開けて立ち上がると、道場の隅に置いてあった自分の背丈ほどの大きな筆を手にし、道場の真ん中に戻って来た。筆には墨は付いていないが、朱音が筆に向かって呪文を唱えると筆先が発光した。 「構えよ。」 朱音が指示を出すと伽藍は深呼吸をして両手の指で文字を象った。朱音はその間に、筆を床に走らせた。筆先の光が墨の役割となり、床に光り輝く円を描くと、その中に文字のようなものを書き込み、朱音は円から離れた。その瞬間、円の中から白い靄が現れると、靄の中から5体のゴーストが急に現れ、伽藍に向かって飛び掛かってきた。伽藍は一瞬表情が強張ったが、集中し直してゴースト群に鋭い視線を送った。 「縛ッ!!」 手前3体のゴーストが空中で固まった。 「え?やばっ残ってんじゃん!」 伽藍は再び文字を象ろうとしたが慌てて上手くできないでいると、ゴースト2体が伽藍に向かって腕を振り上げた。 「わわわわわわ…間に合わないよぉ。」 「滅ッ!!」 ゴーストが腕を振り下ろした瞬間に、朱音が唱えると2体のゴーストは一瞬で光の粉と化し、その粉は空中に溶けるように消滅した。 「コパークラス相手に何しとるんじゃ!集中力と力の解放が充分でない!それに、手の象りも早さと正確さがまだまだじゃな!」 「…分かってるわよ。」 伽藍は悔しそうな顔をした。 「ふむ、その表情は宜しい。強くなりたい証拠じゃ。学校の時間まで引き続き頑張りんしゃい。」 朱音は筆で小さな円をいくつか描くと道場を後にした。伽藍は再び深呼吸をすると構えて両手で文字を象った。小さな円からは小さなゴーストが時間差で出現し、伽藍は『縛術』と『爆術』を連続で放つ練習を只管(ひたすら)に続けた。
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