迷走

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迷走

 フェアレディZは長閑な田畠の道を真っ直ぐ小松市へと向かっていた。夜の暗闇が白い街灯で照らし出され、ポツポツと等間隔で心許無く点る。 「ママ」 「うん」 「暗いね」 「もうすぐで明るくなるから」 「うん」  やがて、大通りの交差点で車は停車した。男の人はハンドルを右に切ろうか、左に切ろうかとママに声を掛けている。ウィンカーは左に上げられ、カチカチと行き先を告げた。  やがて煌びやかなパチンコ屋のネオンサイン、大型商業施設、一面ガラス張りのディーラーのショーウィンドーを両側に眺めた。初めて見る明るい景色に私の胸はワクワクした。更に大きな交差点で赤い車は右折して、JR北陸本線の黒い高架橋をジェットコースターのように上り下った。その先の暗い交差点でハンドル捌きが鈍くなった。右か左か迷っている様子だった。 「ママ、どこに行くの?」 「う、うん」  ママの返事が鈍くなり、男の人と時々激しく口論していた。そして黒い瓦屋根の住宅が建ち並ぶ細い道路に赤い車は、青い屋根の(ベーカリータナカ)の看板で左折した。 「ママ、あれは何のお店?」 「パン屋さんだよ」 「お腹減った」 「ごめんね」  今度は信号機の無い小さな遮断機で一時停止、左右を確認すると、枕木で車の底を擦り乍ら細い線路を渡った。明かりの無い田畠を進んでは曲がり、曲がっては進みを繰り返し、青い屋根の(ベーカリータナカ)の看板で左折した。 「ママ、同じパン屋さん」 「そうだね」  ママと男の人は始終、無言だった。
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