何の味

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何の味

朝、雪が降る。ぼくたちの庭に、雪が降る。 ガラスのビンを見ると思い出すんだ。あの懐かしい冷たい味を。 空っぽのビンを見ると思い出すんだ。あの子たちと行った冒険の時間を。 子どもたちの思い出の味は冷たい雪の味。弾ける甘い味。 そう、スノウサイダー。 誰かが何処かで見つけた秘密のお店。そこで買える大人気の商品。雪の花を溶かしたそのサイダーは一日に何度も売り切れになる。みんなが飲みたいから、そのサイダーの材料は貴重で重要で要注意。 飲みたいだけの人は知らないだろうな。チラシの裏にはお手伝いを求める文が並んでいるのを。 スノウサイダーだったらむつの花。寒い寒い、氷の一枚だって溶けることのない世界で咲く雪の花を慎重に、丁寧に摘んで持ってくる。 なにより難しいのがこっちとあっちを繋げる扉を潜る時。花が散らないように、そして温度という世界が変わる瞬間に花が溶けてしまわないようにするのが一番大変なんだ。 だって、雪の花だからね。 花が散ってしまえば、せっかくのお使いも台無しだよ。 ほら、気をつけなきゃ。 そっと。そぉっと。優しく包んで。 雪の花を溶かしてしまわないように、ふんわり浮かせて。むつの形を潰してしまわないように、足の下をもっとよく見て。 ちがうよ。それはあの子たちの残した足跡だ。 まだ残っていたんだね。 まだ、残っているんだね。 ほら、扉を潜って戻っておいで。ビンの中に雪を浮かべよう。キレイなむつの花びらを沈めよう。 また、みんなで一緒にあの雪の味を楽しもうよ。 雪が降ると、みんなの笑顔をぼくは思い出す。 春、友と出会った。 みんなで飲んだサイダーは雪解けの味だった。 夏、友とケンカした。 独りで飲んだサイダーは不思議と辛かった。 テーブルの上に飲みかけのビンを置いたまま、みんなを探しに外へ出た。戻った時には雪のサイダーはもう凍ってしまっていた。 秋、冒険に出掛けた。 何度も、何度も、冒険に出掛けた。 テーブルの上では空っぽのビンがお留守番をしていた。 冬、友と出逢った。 四本になったビンの中でむつの花が開いていた。 みんな一緒だった。 みんな一緒に笑っていた。 子どもが大人に変わっても雪の花は咲き続けた。子どもが一人になっても雪は溶けずに咲いたままだった。ぼくは、ひとりになった。 あの夜、二人で飲んだ最後のサイダー。とても冷たくて凍った味のスノウサイダー。 忘れないよ、ぼくたちのスノウサイダー。あの子たちが大好きだった雪の味サイダー。 ねえ、今度は何処へ冒険に行こうか。もう何処にもあの子たちはいないけれど。 ガラスのビンと雪の花を見ると思い出すんだ。 あの子たちとのたくさんの思い出を。むつの花が咲いて散るまでのほんの一瞬だった思い出を。 スノウサイダーは思い出の味。子どもたちは出会っていなくなった。それでもまだ残ってる。思い出は、いつまでも残ってる。 それは甘くて冷たくて、そう、雪の味。 またいつか、あの味に会いに出掛けよう。
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