100. 文官棟で

1/1
前へ
/102ページ
次へ

100. 文官棟で

 結局。  国際会議には『召喚の乙女』は一切出席しなかった。  各国の暑苦しい程の要望を2人は最後まで突っぱねて、開催されている間にトランジア王国民として戸籍登録をしてしまい、王国民としての権利を施行した。  つまり各国のスカウトを全て断ったのである。  やはり涼子とカインの噂は各国の思惑で上手く流布されただけのもので根も葉もないものだった為、涼子はガン無視でカインのいる神殿に押しかけて遊ぶようになった。  ついでに神官長に取り入って、ある日とうとう養女になり神殿の奥にある神官長の自宅に転がり込んだ。  もちろんカインも住んでいるので涼子はご満悦だ。  これで神殿そのものが彼女の家であり、後ろ盾にもなったので誰にも手を出すことは出来なくなってしまったのである。  涼子のお祈りのせい(?)で、日に日に元気になる神官長は200歳超えを目指して元気ハツラツらしい。  初日に随分彼を驚かせたが、仲も非常に良いらしくカインと3人で神殿で見かけると王都で噂になり、とうとう神殿が王都の観光名所になってしまった。   「神殿って、結構地味な場所でそれほど人気のあるトコじゃ無かったんだがな~」  カインは呆れているようだ。  聖魔力を扱える神官達は、世捨て人のような所があり、自分達の役目として世界の安寧を願う事を粛々と熟す集団だったので、この急激な変化に戸惑ったようだ。  何故神殿がこの国に必要だったのか公にはされていなかった為、世界中からその重要性を認知されていなかったのだという。 「まー、神殿で神官が祈ってるから呼吸ができてるなんて知ったらパニックになるだろ? ま、淀んだ魔力ってのが原因ってのが今回の事で分かったから良かったんじゃねーの」  相変わらず天使のような美しい顔なのに、下町のおっさんのような喋り方でニカッと笑うカイン。  その横でゲラゲラ涼子が笑いながら 「神官さんってさー、みんな揃って知らない人が来たら『ヒャッ』とか『ウオッ』とか言って驚いてんの。マジ引き籠もり集団でさ。カインだけが別枠だったみたい」  望が最初感じた神官長が『ヒキニート?』は案外間違いではなかったらしい。  因みに神殿に住んではいるが、涼子は報奨として『伯爵位』を賜ったので、学園に通い始めた・・・そしてやっぱり思った通り騎士科らしい。  学園の授業でメキメキ頭角を現したらしく、 「神殿騎士とか、かっこいいよね」  と張り切っているらしいが、そんな騎士も役職も実は存在していない。  当たり前だ。  神殿の存在自体が地味で何かに襲われる心配がない場所なのだから。  そもそも魔物は聖魔術で消される事を嫌うため彼らも避けて通るらしいので、世界一安心な場所である。 ×××  望が廊下を歩いていると、後ろから誰かが走ってきた。 「カワシマ卿! 待ってくださーい」  黒いお仕着せの上下を着た侍従が、 「殿下に提出した書類に不備がありまして」 「はぁ? 私の担当ですかそれ?」  望の言葉で手元のメモを確認する侍従。 「え~と、財務ですね。あ」 「それ私じゃないわね」 「申し訳ありませんッ!」  彼はペコペコ謝りながら財務の担当の方へと走って言った 「望?」  廊下の向こうから、長身の黒い髪の濃紺の騎士服を着た男が手を振った。 「ルーカス。おまたせ」 「さっきのナニ?」 「なんか別の担当者の書類の不備だってさ。間違って王太子に呼びつけられる所だったわ」  ムッとした顔になる望。 「女だからって舐めてるのよ。どうせ間違うのはお前だろってさ」 「まぁまあぁ。怒らないで。女性文官は少ないんだからさ」  望の黒髪を結い上げた(うなじ)近くに輝くのは銀色の花の形の髪飾り。  その歪みを彼がそっと整える。 「でも仕事が面白いんだろ?」 「まあ、そうね。私にとってはゲームみたいなものだし」 「ゲーム?」 「うん。正確に結果を出して、報酬を貰うゲームだわ。それで報酬が多いなら尚嬉しいってだけよ」 「ふうん。そうやって10年勤めてたんだ」 「そ。異世界来てもアッチとおんなじ事してるって、母さんも電話口で呆れてたわね」  フフフッと笑い合う2人は今は同じ姓を名乗っている。  ――アレ(召喚)から1年経った。  望も涼子同様に王国から伯爵位を賜ったが、涼子は神殿で、望は王城で仕事をしているので領地の受け取りは遠慮しておいた。  ルーカス(健一)は望に入婿する形で、以前から父親である侯爵に告げていた通り次期侯爵は弟に譲り渡す事が正式に決まった。  但し王位継承権は今だに保有したままである。  どうやら3人の王子が今だに婚姻どころか婚約者すら作らないので、その為の保険らしく継承権の放棄は国王にも神殿にも貴族院議会にまで突っぱねられたらしい・・・ 「行こうか、母上が待ってるから」 「ええ」  2人が歩いていく先に待つ馬車は侯爵家の家紋がついたものだった。 ×××  ローザ夫人が顰めっ面で苦言を(こぼ)す。 「未だ王城に勤めるんですの?」 「ええ、まぁ当分は辞められませんね~妙に頼りない大臣が多くて」 「うんもう~! ちょっとの間だからっていうからノゾミさんを貸したげるってレナート(王太子)との約束だったのにッ!」  ローザ夫人は口をへの字に曲げる。 「今日だって遅くなったのは文官棟に行ってたんでしょう?」 「ええ。午前中の業務を終わらせて来ました。この後暫く顔を出せませんから」 「全くもう! 陛下もレナート(王太子)もノゾミさんを当てにし過ぎですわ!」  美女がプンスコ怒る横で苦笑いをする望の今日の装いは真っ白なドレス。  望が一生着る事はないと(あっち)の世界で思っていたお姫様のような真っ白な花嫁衣装(ウェディングドレス)だ。  肩を出すタイプで上部はミニマムなビスチェスタイル、ウェストから下はフワリと広がる何十にも重なった繊細なシルクオーガンジー。  いつの間にか翠とローザ夫人が電話で色々話し合い、このドレスに決まっていたのには驚いた。  多分自分では選ばない様なプリンセススタイルのドレスだが、スカート部分の膨らみが控え目で背が低い自分にもよく似合っていたし、実際に見には来られない母への親孝行だと納得することにした。  因みにデカい姿見を使って魔法であっちとこっちの世界の映像はやり取り出来る様に望がしてしまった為、母と義父は鏡の向こうからの閲覧参加である。  長い総レースのオペラグローブを腕に通し 「さあさあ。コレ仕上げですよ~」  獣人メイドのミミが三角の耳をピコピコさせて、望の頭に真っ白いベールを被せるとニッコリ笑った。 「お美しいです!」  周りのメイド達も全員が満足気に頷いた。
/102ページ

最初のコメントを投稿しよう!

78人が本棚に入れています
本棚に追加