パンを焼く乙女

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パンを焼く乙女

 教養を積み、見識の豊かな、スポーツを好む、 そして美しい、学校を出たばかりの姉妹が、 パン粉にまみれながら、楽しそうに、極く楽しそうに、 その父と共に働いているのを見たとき、 僕は言い知れぬ喜びを感じた。  白いコック帽は、彼女たちの頭にのると 天使の後光のように光る。 前掛けは、歩くたびに、蝶のはねのように 軽やかに舞う。 彼女らのいるパン焼き室は、 春の野の様に明るく、朗らかだ。 僕は彼女たちを見た時、何時しか、しらずに楽しかった。  しなやかな指でこねられる麦粉は乙女の胸のように躍動する。 赤レンガの釜の中に入れられたパンは、みるみる出来上がり、 香りは部屋中にみちみちる。 ふっくらと焼けたパンを前にして       父親と顔を見合わせて笑う彼女たちを見た時、 僕は言い知れないうれしさを感じた。  彼女らは語り、歌う。そして共に笑う。 今日の仕事の日記を書く、疲れをしらぬ 彼女たちの健康なひたいにはパンの粉がついているが、 その頬は矢張りほほ笑んでいる。 パンを焼く彼女たちを見た時、僕はとても、 愉快だった。
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