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プラタナス
プラタナスよ。
お前は駁の地肌を曝して、路の辺の石間に
立つ。
夏、炎熱に葉先を焼く時、果たして 何を
思いながら……。
その下を歩く人、猫や、汚れた犬に、つかの間の蔭りの慈恵の、
心の誇りを頭に過ぎらすだろうか。
佯らぬこころの駁が、柔らかい樹皮を通して
この手に通い騒ぐとき、
お前はその僕も、その心も 遥かに彼方の想念に、
はるかに無為の想念に
在る。
陽は冷たく、灰色の風の覆う季節に
剪り詰められたお前のまだらは
ーー斑の樹皮は
失われた枝の悲しみも無く、
手を触れれば その柔さよ。
プラタナス。
時は正確に二十四時を刻みつーー
生涯の暗黒から ほんのちょっぴり空の色を見た人の様に
碧青の空間を漂舞する時、
お前は果たして何を懐うだろうか。
此の僕が、足の下の草先から、山の頂の緑を追い、
深遠の空の色に酔いしれたとて、
恐らくは お前は何も惟わぬだろう。
夜、蛙というものは夏が過ぎても啼くものだ。
冷霧は体よりも心を冷やす。
夜の雨の音は、二人を落ち着かせ、
一人を不安にする。
時計台の鐘が鳴れば、人は夜の深さを知る。
だがお前は
其処に立っている。
斑の地肌を剥き出しにして 其処に立っている。
僕は嘗てお前の笑顔を見た事は無い。
涙もない。
厳然として聳立もせず。
蕭々として囲繞もせぬ。
俯仰もせず、睥視もせぬ。
お前は 立っている。
だが プラタナスよ。
お前は悲しみを知っているに違いない。
そして 悦びを……。
お前はただ 駁の地肌をむき出しにして
立っているが、
僕はそれを知っている。
何故なら、
僕はお前を愛しているから。
そして 僕は知っている。
プラタナスよ。
お前も持っている
愛する心を。
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