1/1
前へ
/37ページ
次へ

「あれが牽牛だよ。」 と中川が言った。 あいつは少し老成(ませ)ていた。 俺たちの知らない事を知っていた。 落ち着いた、頭のいゝやつだった。 「牽牛は可愛想だ。」 「ほんとうだ、ー 織女も居るよ。あれが、きっと。」 ''織女''だからんだ。  僕たちは未だ幼かった。  みんな希望を持っていた。 振り返ると、為ちゃんだ。 為ちゃんは、良い家庭の中で素直に育っていた。  そうだ為ちゃんとは山へ行った。 切って飛ばした(よもぎ)が、あっという間に彼の鼻に当たった。 彼は手で顔を覆いながら、やっと、           「なんでもないよ。」と言った。 指の間から血がにじんだ。 (僕の鼻こそ 傷つけてよいものを…… 二人の友情はこれで終わりなのだろうか?) 僕は死にたい思いだった。 「織女でないさ。」 そう言ったのは鉄だ。 一人っ子の利かん坊だ。 役場のそばの小さな家に住んでいた。  鉄は家へ遊びに来て、 姉が僕を「すっちゃん」と呼ぶのが可笑(おか)しい、と笑った。 そして、息をすうっと吸いながら 「すう−っちゃん。」と言っては 僕をからかった。 素晴らしく絵のうまい奴だ。 「ほら、あれは何だろう。」 チビでデブの(より)だ。 葬儀屋の息子で、愚図だったから、           だれも「渡辺君」とは呼ばなかった。 頼は、葬式の花に使うキラキラ光る銀紙をくれた。 きっと親父に叱られたに違いない。 誰かが 「キャンデー喰いてい。」と言った。 片山だ。 福助食堂の息子だ。 いつも人の尻に付いていた。 文ちゃんは黙っていた。 僕の親父の親友の写真屋の、息子だ。 何かに(つまづ)いても、丸太ん棒のような転び方をした。  ー みんな いい奴だった。 僕等は夜毎、先生の家へ行った。 学び、遊び、得意になって助手をした。 其処では、知らずして、学問のほかに、友情と、希望を学んだ。 みんな幸せだった。 帰りの夜道では未来を語った。 輝き合う星を見ながら……。 僕たちの胸もまた、赤々と燃えていた。  そして ー ある者は牽牛の様に逞く……。 ある者は織女の様な美しい娘を妻とした。 今も、星を見るとき、彼等と、 さらに未来を思う。
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加