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星
「あれが牽牛だよ。」
と中川が言った。
あいつは少し老成ていた。
俺たちの知らない事を知っていた。
落ち着いた、頭のいゝやつだった。
「牽牛は可愛想だ。」
「ほんとうだ、ー 織女も居るよ。あれが、きっと。」
''織女''だから居たんだ。
僕たちは未だ幼かった。
みんな希望を持っていた。
振り返ると、為ちゃんだ。
為ちゃんは、良い家庭の中で素直に育っていた。
そうだ為ちゃんとは山へ行った。
切って飛ばした蓬が、あっという間に彼の鼻に当たった。
彼は手で顔を覆いながら、やっと、
「なんでもないよ。」と言った。
指の間から血がにじんだ。
(僕の鼻こそ 傷つけてよいものを……
二人の友情はこれで終わりなのだろうか?)
僕は死にたい思いだった。
「織女でないさ。」
そう言ったのは鉄だ。
一人っ子の利かん坊だ。
役場のそばの小さな家に住んでいた。
鉄は家へ遊びに来て、
姉が僕を「すっちゃん」と呼ぶのが可笑しい、と笑った。
そして、息をすうっと吸いながら
「すう−っちゃん。」と言っては 僕をからかった。
素晴らしく絵のうまい奴だ。
「ほら、あれは何だろう。」
チビでデブの頼だ。
葬儀屋の息子で、愚図だったから、
だれも「渡辺君」とは呼ばなかった。
頼は、葬式の花に使うキラキラ光る銀紙をくれた。
きっと親父に叱られたに違いない。
誰かが
「キャンデー喰いてい。」と言った。
片山だ。
福助食堂の息子だ。
いつも人の尻に付いていた。
文ちゃんは黙っていた。
僕の親父の親友の写真屋の、息子だ。
何かに躓いても、丸太ん棒のような転び方をした。
ー みんな いい奴だった。
僕等は夜毎、先生の家へ行った。
学び、遊び、得意になって助手をした。
其処では、知らずして、学問のほかに、友情と、希望を学んだ。
みんな幸せだった。
帰りの夜道では未来を語った。
輝き合う星を見ながら……。
僕たちの胸もまた、赤々と燃えていた。
そして ー
ある者は牽牛の様に逞く……。
ある者は織女の様な美しい娘を妻とした。
今も、星を見るとき、彼等と、
さらに未来を思う。
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