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河
河が優游と流れていた。
河の辺に男が坐っていた。
老いた柳が河に垂れている。
男はその根本に據りかゝっていた。
若い柳は芽を吹いていた。
猫の毛の莟みが陽で白かった。
河は尽きる事を知らずに流れていた。
ー 悠久に ……。
底の石が皆 河上へ泳いでいる。
男の大きな目は、開いたまゝ、石の行方を追っていた。
中州の石は、白く乾いていた。
烏が屍肉を突いている。
ー その時 雨が男の顔を打った。
河がふつふつと撥ね上がった。
柳の小枝が小刻みに震えた。
男は身動きもしないでいる。
白い石は黒く濡れた。
烏は貪欲に未だ貪っている。
雨は次第に激しくなる。
男の髪は顔にひっつく。
河は土色に変わって柳の根本を洗う。
まわりは沫で煙っている。
烏のいた辺りは激しい濁流に覆われている。
河上から木の根が奔って来る。
時々波に逆らおうとするが忽ち川下へ
見えなくなる。
雨は流れるように降る。
男は河を凝視している。
河はしきりに急いでいる。
板切れや、棒や、
芥屑が先を争って走っている。
河下へ。河下へー。
雑草は永い間頭を抱えている。
* * * * *
ー 男の頭を雨は過ぎて行った。
河にも雨は過ぎて行った。
柳も枝を温和しくした。
男は無表情に坐っている。
雑草は疲れた様に黙った。
陽は柳の芽に射して来た。
男の顔にも陽が射した。
河は落ち着きを取り戻して来た。
小さくなった中州も白くなって来た。
老いた柳は河に垂れている。
男はその根本に據りかゝっている。
猫の毛のつぼみは濡れている。
雑草からは湯気が上がっている。
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