子を懐う

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子を懐う

私は今、こうして 街はずれの丘の上にいる。 お前は今、何をしているだろう。 あのふさふさの髪を波打たせて、跳びはねているだろうか? 或いはお母さんのふところに抱かれて 眠っているだろうか? お前が私の(ところ)から行ってまった時は、             お前はほんとうに小さかった。 夜、お前が眠ってから、そうっと私の寝床へ連れて来ると、 私をお母さんと間違えたお前は、 可愛いい爪を、私の胸につき立てたものだ。  私の胸には、まだあの なつかしい痛みが残っている。 それから一年とー 半年後(はんとしご)、 お前が再び帰って来た時、お前は本当に大きくなっていた。 きっと私を忘れているだろうと心配だったが、 ホームに降り立ったお前は、すぐに私に抱かさって来た。  お前は矢張り忘れないでいてくれたのだ。 私がお前をつれて歩くと、    通りがかりの人は みな人形の様だ、といった。 私はどんなに得意だった事か。  しかし私はそれよりもこう思った。 お前の可愛いさは、人形の、あの冷たい可愛いさではない。 石膏で、どうして、お前の柔らかい美しさを造れるものか ー。 若し出来るとすれば、それは、絵で()く時だ。  しかし、絵だって お前の仕草を見ることは出来ないのだ。    お前は覚えているだろうか? ほら、あの遠くの林の中へ、一緒に小猫を捨てに行った事を。 何時までも「ニャー。」「ニャー。」とないていたっけ……。 又、夜、灯りの下で、お前が自分の影を追って                 喜んだ時の事を ーー。  私は今、こうして丘の上に来て、草に伏し乍ら おもう。 私とお前とは、どうして、この様に        別れていなければならないのだろう。 それは再び会う時の喜びを 一層大きくする為だろうか? いや、今度こそは ー、別れなくともよいのだ。 これからはお前と一緒に居るよろこびを 何時も()つ事が出来るのだ。 ーー 私はそう思う。
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