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「え! えーと……」
麗華の戸惑った表情に直美も気付いたらしく、その目を泳がせてくる。
「あ……。他のクラスの子にも挨拶してくる?」
麗華は裏返らせ、早口で話す。
「ありがとう。でも終わったことだから」
私は口角を上げ、にっこり笑う。
ごめんね。気を遣わせて……。
「……ごめん」
「来ないと聞いてて……」
同窓会に誘ってくれた二人は、バツの悪そうな表情を見せる。
その様子から、今までもたくさん気を遣ってくれていたのだろうと、改めて感じた。
だから私は先導して歩く。
十年前の十八歳で散った恋。
その想いはとっくに枯れ果て、何も残ってなどいない。
何も……。
すると彼は何かに引き寄せられるかのように、こちらに顔を向けてきた。
紺のシャツに黒のジャケット、明るすぎない白のズボンを着こなした彼は変わらずスラリとして背が高い。だけどキリッとした目に落ち着いた表情は、高校生だったあの頃とは違い大人の風貌をした男性になっていた。
突然の対面に、私の心臓はドクンドクンと鳴り響く。
「元気だったか?」
「うん……」
私は小さく頷くが、これに続く言葉が出て来ない。口を開けば十年前のことを責め立ててしまいそうで、怖かったから。
荻野拓也。
拓也と一緒に居た正樹と大和を含め、私達六人は幼稚園からの幼馴染。そして拓也は、高校時代の三年を過ごした元彼だった。
何故別れたかというと、私が……。
察してくれたのか、間に入ってくれたのは同級生達。
綾子は夢を叶え、東京でファッションデザイナー事務所に勤めていて。雑誌にも紹介されたこともあり、センス良いと話してくれた。
……ありがとう。でもね。今の私は……。
「それより何か食べないか? 取ってくるから」
拓也は一言呟き、明らかに目を逸らしてくる。私の話なんて興味ない。そう言いたげな表情で。
「……そうだな。麗華と直美も何も食べてないだろ? 適当に見繕ってくるから待ってろ」
拓也と一緒にいた、正樹も大和も一緒に離れて行く。
助かったと思ってしまった私は、最低だと思う。みんな気を遣って言ってくれているのに、それを無下して否定もしなかったんだから。
「ほら」
ぶっきらぼうにお皿を差し出してきた拓也。
そこにはカルパッチョ、ピザ、パスタ、ティラミスと、私の好きな食べ物ばかりだった。
覚えてくれていたのだと気付いた私は、思わず拓也の顔をまじまじと見つめてしまう。変わってしまったと思っていたけど、照れた時に目が泳ぐ癖は変わらないみたい。
お皿を受け取りピザを食べると、高校生の時に二人でピザを食べた思い出が蘇ってくる。
「高二のクリスマスの夜、ファミレスでピザ食べたよな?」
「え?」
思わず、顔を見上げる。
「あ、いちいち覚えてないよな……」
苦笑いを浮かべる拓也に。
「チーズたっぷり四種のピザ、美味しかったね」
私は思わず、そう返してしまった。
顔を見合わせればカッと熱くなり、ホテルの空調が暑く感じるぐらい。
拓也から目を逸らせば麗華と直美と正樹と大和と目が合うけど、そそくさと離れていく姿がなんだか高校生の頃に戻ったみたいだった。
「い、今どうしているの?」
動揺のせいか吃ってしまったけど、顔に出さないように必死に務めた。
すると拓也は、ふにゃとした笑顔を見せてくる。
変わらないその姿に私の心臓は鳴り響き、目の前に居る彼に聞こえていないかと思うぐらい、その音はうるさかった。
「家業を手伝ってるよ」
そう告げる彼の目は真っ直ぐに私を見つめてきて、穏やかに微笑んでくる。
先程と違う表情にドクンドクンと鳴っていた心臓は、ギュッと締め付けられた。
拓也の家は代々続くみかん農家で広大な土地を所持しており、従業員数十人を雇って切り盛りしている。そのブランドは有名で、私が住む都会でもその名前をよく目にしている。
そこの息子である彼は一人っ子で、高校は農業科だった。
そこで基礎を習って卒業後は家業を手伝い、ゆくゆくは後を継ぐ。それが農家に生まれ育った子供が行き着く進路だった。
「あ、でもな。まだまだ未熟で、教えてもらうことばっかりで。従業員さんの方がベテランで段取りいいし、変わらず不器用だしな俺」
また表情を変えた拓也は、無理に戯けて見せてくる。彼は確かに不器用な方だけど一生懸命で、努力家。この十年頑張ってきたのは、充分に伝わってきた。そうじゃないと、さっきの表情は自然と出てこないのだから。
「……なあなあ。この後、幼馴染六人でうちで飲まないか?」
黙り込んでしまった私の代わりに話しかけてきたのは、ムードメーカーの大和だった。
大和の実家は居酒屋で、話を聞くうちに彼が後を継いだと分かる。
立派になったな。
思わず、目を細めて見つめていた。
「いいねー。一人、大体五千円ぐらいか?」
しっかり者の正樹は瞬時に場を盛り上げつつ、一人に負担がいかないように心掛けている。
「おいおい、それぐらい店で出してやるよー」
「何言ってるんだよ、親父さんにぶっ飛ばされるぞ」
男子三人は変わらず、わいわいと盛り上がる。
「久しぶりに六人集まったしねー!」
「十年振りだからね」
麗華と直美も乗っていき、私を優しい眼差しで見つめてくる。
「みんな綾子を心配していたからな」
そう呟く拓也に、あなたはどうだったの? と思わず聞いてしまった。
「うーん。一ミリだけ」
親指と人差し指を使ってその長さを表現してくる拓也に私は「何それー!」と叫び、みんなは声をあげて笑う。
すると拓也もまた、ふにゃとした表情を見せてくる。
……その顔はずるいよ。もう。
さっきまで感じていた胸の締め付けはいつの間にかなくなり、気付けば私は小さく頷いていた。
「あ、拓也くん」
隣のクラスだった女子達が、拓也に話しかけている。その表情は神妙だった。
その姿に仕事関係の話かもしれないと私達は離れると、その声は聞こえてきた。
「噂で聞いたんだけど、お見合いするって本当?」
え?
思いがけない言葉に、私の思考は停止した。
直美と麗華も唖然とした表情をしていたけど、正樹と大和はごまかそうとする様子から、どうやら知っていたみたい。
「……いや、その」
そして何より、口をパクパクさせ煮え切らない態度に確信する。
そっか。そうだよね。
チラッと見た拓也はやっぱり変わっていて、もう私の手が届かないところまで行ってしまったのだと気付いた。
──やっぱり、帰って来なければ良かった……。
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