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「ばか! あの日、来なかったくせに! いまさら何? ばか! ばかー!」
今まで抑えていたものが溢れ出し、気付けば感情のまま叫んでしまっていた。
もうとっくに終わったことを引き合いに出して、拓也からしたら呆れるだろう。
「……ごめん。あの頃、夢に向かって進んでいく綾子に対して悩んでいて……。俺、何もないなって……」
それは初めて見る、今にも崩れそうな笑顔だった。
「何言ってるの? 家業手伝って立派に働いているじゃない? いずれは後継者になるんだよね? 将来設計とかもしっかりしていて、私なんかよりよっぽど充実しているじゃない!」
「今は……、今は誇りを持ってやっているが、あの頃は悩んでいた。俺は生まれた時から荻野家の長男で、高校卒業したら家業を手伝うのは当たり前で、いずれは後を継ぐ。ずっとそう思っていたけど、自分の道を切り開いていく綾子の姿に本当にそれで良いのか悩んでて。だからこそ綾子は眩しくて、何も言えなかった。そんな空っぽな俺だから振られるのは当然。分かっていたから、面と向かって振られるのが怖くて、あの日行けなかったんだ」
拓也はそう言い、俯き震えていた。
振る? 私が拓也を? どうしてそうなるの?
しかし、あの時のことを思い出すと私は拓也に酷いことをしていたのだと気付いた。
私は一度でも、拓也の気持ちを考えたことがあっただろうか?
将来について悩んでいる彼に、気付くことは出来ただろうか?
置いていかれる側のことを、考えたことがあっただろうか?
自分ばっかで、相手の気持ちを考えられていなかったのではないか?
だからあの日、来てくれなかったんだ。
私はようやく、互いの気持ちがすれ違っていたのだと気付いた。
あの頃は互いにまだ十八歳で、進路を決めないといけない時期だけど、そこまで大人になりきれていなくて。
自分が分からなくなって不安で周りを見渡すと、みんな大人に見えたから全然平気なフリして。
そんなふうに自分を守ることに必死で、相手を思いやる余裕なんてなかった。
でも。この十年の月日があったからこそ。
互いに成長し、互いの気持ちをぶつけられ、間に出来た心の壁を言葉で溶かし、向き合うことが出来たのかもしれない。
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