十年越しの雪溶け

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 駅の改札から出た先は、一面銀世界だった。  久しぶりに見る積雪量に、私は思わず溜息を吐いてしまう。  この町では当たり前だった雪景色。しかし十年振りにこの町に帰ってきた私には、驚きと気鬱さしか感じなくなっていた。  雪にウンザリするのは、いつ頃からだろう?  子供の頃は嬉しかったし、雪だるまを作って遊んでいた。  中学生でも、喜んで外を駆けていた。  高校生では雪をぶつけ合って、はしゃいでいた。  専門学生になると初めは都会の雪の少なさに淋しさを感じていたけど、電車が遅延したり止まる現実を目の当たりにし、綺麗とか言っていられなくなった。  社会人になったら僅かな雪に苛立ちを感じ、ただ疎ましい存在になっていた。  その現実に白い溜息を吐く。  ……私はいつの間に、これほどつまらない大人になってしまったのだろうか?  この町を出た十年前の自分に不甲斐ない未来の姿を謝り、降りゆく牡丹雪をただ眺めていると、一台の軽トラックが近付いて来た。  誰かと思い目をやるとそれは父であったが、一瞬分からなかった。 「綾子(あやこ)、乗れ」  久しぶりに聞く掠れた声に、私の心をギュッと締め付けられてくる。 「うん。ありがとう」  なんとか声を絞り出し、私は初めて見る車に乗った。 「寒くないか?」 「うん。大丈夫。車、買い替えたんだね?」 「結構前にな」 「……そっか」 「元気か?」 「うん」  一回り小さくなった父の姿を横目に、そう呟いた。  母は私が住むアパートに来てくれるけど、父は都会が苦手な人。その為、父と対面するのは十年振りだった。  家業はどうかとか腰を痛めていないかとか、聞きたいことはいくらでもあるけど私は何も言葉に出来ず、ヘッドライトに照らされた町並みをただ眺めていた。  車を走らせること十分。車は煌びやかな建物の前に辿り着く。  ここはこの町唯一のグランドホテルで、冬の終わりである本日。パーティ会場の一室で、高校の同窓会が執り行われる。  きっかけは生徒不足により、母校が廃校になるからだった。  私は成人式にも帰って来ず、同級生達に会うのも十年振り。  だからか、その一歩が出なかった。 「……帰りも迎えに来るから」  そんな私に、父はそう言ってくれる。 「ううん、帰りは適当に帰って来るから良いよ。寝てて、お父さん」 「一応起きてるから、いつでもかけてこい。母さんも待ってるから」  そうぶっきらぼうに言った父は、帰って行った。  父が考えていることは、分かっている。  私は、今まで散々親不孝してきた娘。  ……だからこそ、帰って来るべきではなかった。  そう思いながら雪で見えなくなっていく父の車と、降り続ける牡丹雪をただ眺めていた。  すると。 「……綾子?」  私を呼んでくれる懐かしい声に、また私の心はギュッとなる。  振り返るとそこには、茶髪をアップにして黒い花柄のワンピースに身を包んだ背の高い女性、麗華(れいか)。  肩までの黒髪に揺れるピアスを付け白いニットと黒のスカートに身を包んだ女性、直美(なおみ)がいた。 「元気だった?」  駆け寄って抱きしめてくれたのは、二人の幼馴染だった。 「もー! 全然連絡取れないんだから! 心配してたんだからねー!」  そう言って私から離れないのは、昔から甘えん坊だった麗華。 「まあまあ、今日は来てくれて良かった!」  そう宥めてくれるのは、しっかり者の直美。  二人とも見た目は大人っぽくなったけど、話し方も性格も全然変わっていない。 「ごめんね。連絡ありがとう」  謝りつつ、そんな二人の姿に私の目頭は熱くなる。  積もる話をしていると、クラスメイトの話になっていった。 「そうだ! みんなの元に行かないと! 綾子を待ってるよ!」  私は二人に手を引かれ、会場に向かう。  そこには懐かしい顔ぶれが揃っていて、私は一瞬で高校時代の私に戻ってしまった。 「みんな!」  先程の気鬱さは何だったのかと思うぐらい、私の声は弾んでいた。 「綾子!」  久しぶりに会う同級生達はあの頃と同じように手を振ってくれて、そのノリも距離感も高校生の頃から変わっていなかった。  それが心地よくて、なんだかくすぐったかった。  みんな、私のこと忘れずにいてくれたんだ。  そう思うだけで、私の凍り付いていた心は溶けたような気がした。  雑談の中で、同級生達は今の現状を話してくれた。  殆どの子が結婚、もしくは結婚予定があり、早い子は子供もいるらしい。  しかも、その現状をみんながよく知っていて、やはりこの十年間交流があったのだと分かる。  十年の空白は、埋め尽くせないほどの溝を作ってしまう。そう悟った私は、今まで犠牲にしてきた物の代償を思い知った。 「私、喉渇いたなー」  麗華が無邪気にボソッと呟く。 「あっちに飲み物あるよ! 取ってくるねー!」  それに乗った直美はみんなにそう言い、二人は私をグイッと引っ張ってくれて一旦席を離れる。 「ありがとう……」 「別にー。それより何飲む? お酒とかいっちゃう?」 「お、良いね! 再会を祝っての乾杯しよう!」  明るい麗華に、それに乗る直美。  そんな二人と、可愛いピンクのカクテルを手に取りグラスを三つ合わせ、十年ぶりの再会を祝った。  私の送別会を開いてくれた時に合わせたグラスの中身はジュースだったけど、今はカクテルに変わっていて。私達は大人になったのだと、改めて感じた。  席に戻ろうとすると、同級生達の中に見覚えのある背中が一つ。  誰なのか、すぐ分かる。  だって、ずっとずっと見つめていた背中だったんだから。
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