4人が本棚に入れています
本棚に追加
臨海公園の車の中でも、蝋燭岩のある岬でも、潟杜にいる間は向き合って来なかった話をして、それでいながら往路と態度を変えずに入港までの二十時間弱を利玖と同室で過ごすのは、史岐にとってはこの上なく難しい課題のように思われたが、結果としてその心配は無用な物になった。
海が荒れ、ひどく船が揺れたのだ。
史岐も利玖も船旅に慣れていない。絶えず、前に後ろに、またある時は左右に、それも不規則な間隔で揺れ続ける船内で、一時間もしないうちにベッドから起き上がる事が出来なくなった。
十六時発の便なのですぐに夕食の案内が入る。
メニューを読み上げる船内放送を聞いて、うつぶせていた利玖がもぞもぞとシーツから顔を出し、史岐を呼んだ。
「どうぞお構いなく行って来て下さい。わたしは、食べられそうにありません」
「うん……」正直、自分も似たようなものだと思いつつ史岐は体を起こす。「利玖ちゃんにも何か買ってくるね。後でお腹が空くかもしれないから」
「不覚」
「どこでそういうの覚えてくるの?」
部屋の扉がノックされる。
ちょうど、靴を履き終えた所だった史岐が、立ち上がって戸口に向かった。
「よお」
扉を開けると、冨田柊牙が立っていた。
美蕗の姿はない。一人でやって来たようだ。
昨日の生気のなさが嘘のように、溌剌とした顔でロビーの方に顎をしゃくると、
「風呂行こうぜ」
と言った。
「おい……、冗談よせよ」
「酔ったのか?」
「ぴんぴんしてるお前がおかしいんだよ」後ろで利玖が寝ている事を思い出し、史岐はさり気なく体をずらして柊牙の視界をふさぐ。「とにかく、今は無理。もう少し揺れが収まったら行けるかもしれないけど……」
柊牙は、ふう、と息をつくと、自分に向かって引っ張るように人差し指を動かし、史岐が顔を近づけると声を低くした。
「いいから黙って面貸しな。あの子にはちょっと聞かせられねえ話がある」
最初のコメントを投稿しよう!