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二章 過去を見透かす瞳
「まあ、こんな所だ」
冨田柊牙は、話を締め括ると、湯呑みを取って美味そうに茶をすすった。
利玖も史岐も、話の内容に圧倒されて黙り込んでいる。
利玖の方は、初めて聞かされたのだから当たり前だが、実は、史岐も似たり寄ったりで、北海道から帰ってきた柊牙に土産を手渡されがてら、
『目の事でちょっと困ってんだけど、そっち方面の専門家に伝手とかある?』
と訊かれただけだったので、淡々とした語り口で彼がつまびらかにした怪異の生々しさに思わず言葉をのんだ。
「ただの気味悪い夢で済めばいいが、それ以来、どうも本当に見え辛くなってきた。時々、誰かが手で目隠しをしているみたいに視界が真っ暗になる。おかげでおちおちバイクにも乗れやしねえ」
「なるほど……」
利玖は、ひとつ頷くと、温もりを求めるように湯呑みを手で包んだ。
利玖の案内で、天然の鍾乳洞を利用して作られた巨大な『書庫』にやって来た三人は、袋小路の先にある石像を訪ねて拝礼をした後、掃き清められた和室で暖を取りながら柊牙の話を聞いていた。
「普通なら、眼科を受診するように勧めるべきなのでしょうが、先にこちらを訪ねて来られた理由があるのでしょうね」
柊牙はそれを聞くと、にやりとした。
「霊視、って知ってる? 隙間のない鉄の箱に、文字を書いた紙を入れて、蓋を開けずに遠くからそれを読むとか、家にいながらにして何千里も離れた土地の景色を見るとか……。まあ、俺はどっちも出来ねえんだけど」
柊牙は湯呑みを置き、指を二本立てる。
「物を探す。それと、過去に起きた出来事を視界に再現して見る。今の所は、この二つだ。もちろん、他人の家で断りもなしに覗いたりはしねえけど、そこは信用してもらうしかない」
利玖は、承知している、という風に頷いた。
「史岐さんのご紹介でいらした方ですから、その点については心配していません」
「それは、例えば、俺が霊視を使ってそちらさんの不利益になるような真似をして行方をくらませたら、こいつを締め上げて居場所を吐かせるか、人質代わりに使うって事?」
「ええ」
利玖は眉ひとつ動かさずに頷いた。
「それに、逆もまた然りという事です。あと、その際にはわたしではなく、もっと荒事に慣れた人物が諸々の手配をしますのでご留意ください」
「ありゃ、それは怖いな」柊牙は小さく舌を出した。「大人しくしとこ」
「しかし……、人の姿を真似る、鮫のような妖ですか」
利玖にとっては、柊牙の身元など、本当に取るに足らない事なのだろう。関心はすっかり怪異の方に向いているらしかった。
「思い当たる物がありませんね。県そのものが海に接していないせいか、この辺りに伝わる水の怪異は、もっぱら川や湖沼にまつわる物ばかりで……」
「ああ、それなら──」
柊牙が言いかけた時、遠くで何か重い物を動かすような、ゴン……、という音がした。
利玖が、はっとして腰を浮かせる。
「どうしたの?」と史岐。
「誰か書庫に入ってきたみたいです」
答えながら、利玖は手早く靴を履いて外に出た。
障子を閉めようとして、思い出したように上がり框に膝をつき、室内の二人に声をかけた。
「すみません。少し、ここでお待ちいただけますか。先客がいる事を伝えてきます」
岩屋を駆けていく足音が遠ざかる。
史岐はしばらく、利玖が去った方向を見つめた後、急須に手を伸ばしてポットの湯を注ぎ入れた。
茶葉を蒸らしてから、少しだけ湯呑みに注ぎ、それを二口ほど飲んでため息をつく。
「ちょいと詳しく話しすぎたかな」柊牙が、横目で史岐を見て言った。
「いや、それは大丈夫なんだけど……」湯呑みを置く音に続いて、また、ため息。「落ち着かないんだ。何だか、嫌な予感がする」
「美味い茶だけもらってずらかるか?」
柊牙は他人事のような気楽さで、残っている茶を湯呑みの底でくるくると回した。
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